モノづくり産業×テック系スタートアップ融合の可能性:Aichi Open innovation Accelerator事前説明会イベント報告

 addlight journal 編集部

去る8月26日、Inspired.LabにてAichi Open innovation Acceleratorの事前説明会「テクノロジー・スタートアップ共創最前線」が行われた。

昨今の自動車産業におけるCASE(Connected、Autonomous、Shared&Service、Electric)やMaaS(Mobility as a Service)の進展、データ活用を付加価値の源泉とする「Society5.0」の到来といった構造的変化が、愛知県の産業の姿と競争力を大きく変えると予想されている。

それはつまり、愛知県内の企業が培ってきたモノづくり文化や技術を活かしつつ、新しいアイデア・視点をもってイノベーションを起こし、産業の新陳代謝を活発化することを求められているとも言い換えられる。

そこで、愛知県が新しい価値を創造する主体として、IoTやAI 等の技術を有するスタートアップを県内外から誘引し、短期集中支援や資金獲得・事業提携等につなげるための場を提供する、アクセラレータプログラムの始動に至った。

「伝統×スタートアップ」への期待

冒頭では、主催者である愛知県 経済産業局 次世代産業室 室長補佐・山田英明氏より、愛知県の概要と当プログラムの意義について説明された。

愛知県は周知のように伝統的に製造業が盛んで、特に自動車産業、航空宇宙産業、ロボット産業に力を入れており、製造品出荷額等は約47兆円、41年連続で日本一である。

しかし、山田氏は「愛知県のものづくり産業は安泰かといえば、決してそうではないと考えます」と語る。

課題と危機感を覚える要素は大きく3つ。アメリカの「GAFA」、中国の「BATIS」を筆頭とする海外企業の進出によるグローバル競争時代への対応、もうひとつは自動車産業が100年に一度の大変革を迎えていること、そして3つめは、愛知県が保守的で、安定した雇用を担保している分、ベンチャー不毛の地となっていることだという。

愛知県としては、これまで培ってきた伝統産業にスタートアップの技術やアイデアを掛け合わせ、新たなイノベーションを起こしたいと考えており、当プログラムにおいて大きく3つの目標を掲げている。

1、スタートアップ活躍の機運の醸成
2、県内スタートアップの成功モデル創出
3、オープンイノベーションの推進

山田氏は、説明会の参加者に向かって「ぜひとも愛知県にお越しいただき、保守的な地域でもスタートアップが活躍できるようなコミュニティを作っていただいたり、県内の既存産業とコラボレーションしていただきたい」と投げかけ、締めくくった。

愛知県外のスタートアップのエントリー歓迎「Aichi Open innovation Accelerator」

Aichi Open innovation Acceleratorの内容について補足すると、対象は創業5年未満の企業ないしは支援対象となる事業開始5年未満の愛知県内外のスタートアップ。

1、 愛知県内に本社又は拠点を有する企業
2、 愛知県内企業との連携を検討する又は愛知県の地域課題解決につながるビジネスを検討するスタートアップ企業 (年間売上概ね10億円以下)

のいずれかを満たし、IoTやAIといった革新的な技術を持ち、新たなビジネスモデルの創出や技術革新を目指した事業の実施を予定していることが条件だ。

連続起業家や投資家、弁護士らによる充実したメンター陣による短期集中支援のほか、他のスタートアップ企業や既存産業・金融機関・支援機関等とのネットワーキング、モノづくり企業等とのマッチング、資金獲得の機会と場が約5か月間提供され、審査を経て5〜10社程度に絞り込まれるという。

このプログラムを通して、新たなビジネスモデルの創出や技術革新の成功モデルを生み出し、「愛知県発スタートアップ」の土壌を醸成することを目指す。

レガシー領域でのビジネス展開に必要な4つのステップ

仮に製造業のようなレガシー領域でスタートアップがビジネスを生み出すとしたら、どのような戦略や考えが必要なのか。弁護士×IT企業戦略部門というバックグラウンドを武器にスタートアップを支援している株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ キャピタリスト 野本遼平氏が、「スタートアップのためのレガシー×TECHの戦い方」というタイトルで講演した。

いわゆるレガシーにはポジ、ネガ両方の側面があり、「先人の遺産」「伝統」といったポジティブな側面を活かしつつ、「時代遅れ」「アナログ」といったネガティブな側面を解消するかがポイントになる。野本氏は、レガシー領域の特徴を「洗練された業務フローやリアルアセットなど蓄積された資産がある一方で、アナログ・フラグメント化・多重階層による非効率性があるのが特徴です」と語る。

さらに、既存資産を活かしつつ、アナログの非効率性やアセット活用の効率性を高めるソリューションが求められている。「そこにビジネスチャンスがあり、スタートアップが活躍する余地があります」という野本氏は、レガシー領域でビジネスを展開するための4つのステップを披露した。

【STEP1】全体構想/戦略
「確立された伝統」に切り込めるように、産業・業界の強烈なペインをとらえると同時に、全体のプロセスを俯瞰する。

【STEP2】プロダクト/ソリューション
リソース集中投下および顧客からの信頼の観点から、最初は特定の課題にフォーカスしたプロダクトをローンチ。

【STEP3】セールス/オンボーディング
プロダクト・ソリューション利用にあたって、精神的・情緒的なフリクションや、物理的・工数的フリクションを可能な限り下げる。

【STEP4】グロース
レガシーな領域には長年かけて構築された公式・非公式のネットワークがあることが多い。そのネットワークに乗れるか否かがポイント。

最後に、野本氏はレガシー領域で戦うスタートアップのための五箇条を示してくれた。

1、既存のアセット・ノウハウ・ネットワークを活かす
2、IT/テクノロジーにより、プロセスand/orアセット活用を効率化
3、深く穴をあけて、足場・独自アセットを蓄積し、領域を広げていく
4、泥臭く、既存アセットとITとの摩擦をなくしていく
5、業界人と同等以上の理解と熱量を持つ

愛知県でのビジネスの可能性

野本氏に加え、株式会社エクサウィザーズ 社長室フェロー/株式会社Job-Hub エグゼクティブ・フェロー 粟生万琴氏と、株式会社MTG Ventures 代表取締役 藤田豪氏を迎え、パネルディスカッションが行われた。

粟生氏はクラウドソーシングサービス「JOB HUB」担当役員、そして女性初の取締役に就任し、AIベンチャー株式会社エクサインテリジェンス(現エクサウィザーズ)を設立、取締役COOに就任。現在、廃校になった小学校をリノベーションし、今年10月28日オープン予定の「なごのキャンパス」のプロデューサー兼メンターとしても活躍している。

藤田氏は、日本合同ファイナンス株式会社(現:株式会社ジャフコ)に入社し、スタートアップからレーターステージまでの投資、中部支社長、投資先各社での取締役就任、ファンドの募集などを手掛け、自動運転、AI、保育IoTなどの分野の企業への投資を実施。現在、5000人以上の経営者との出会いによって培われた視点をベースに、BEAUTY-TECH、WELLNESS-TECH、FOOD-TECH、SPORTS-TECHの投資に臨んでいる。

名古屋のスタートップといえばこの人、という御二方は、最近の名古屋のスタートアップ事情に変化を感じているという。

「優秀な学生さんが起業しようとする、もしくは実際に起業するケースが増えました。VCから調達する前にエンジェルラウンドができるようになったり、県内の名だたる企業の投資部門が集まり、CVCの先のエコシステムについて考えるようになりました。今後は製造業で鍛えられたアンダー30のビジネスパーソンがスタートアップとコラボする事例などが出てくると面白いと思います」(藤田)

「周回遅れ、不毛の地と言われてきましたが、ようやく来たな、という感じ。ものづくり産業と起業家をつなぎ、新たな事業を創造する『なごのキャンパス』もそのひとつの現れです」(粟生)

また、野本氏も愛知県のチャンス、可能性についてポジティブに語った。

「製造業の強さを活かさない手はないですよね。一方で、ロボティクスとかAIとか手段にこだわらず、エンドユーザーに何を届けているか、というところから逆算して、何を加えていけばいいのかという観点で戦っていくと良いのではと思っています。すでに持っている技術や人材に、スタートアップが持つコンシューマーの目線を注入して、新しいコラボが生まれるといいなと期待しています」

参加者から「愛知県は閉鎖的なイメージがある」と声が上がると、「単純に閉鎖的というのではないと思います。お付き合いが始まるまでは長いけれど、絶対見捨てない、パートナーを大切にする、ものづくりはみんなでやる、そういった家族感があります」と粟生氏。野本氏の講演でも触れられていたが、文化・風習に合わせることは重要だという。その分、仲間意識が強く、責任者が変わったタイミングで機械的にパートナーも切られるといった憂き目にはあいにくいようだ。

「スタートアップが参入するとアツい分野は?」という質問に対しては、トヨタ自動車がMaaS戦略に取り組んでいることもあり、「すべてのサービスはクルマに乗るわけで、インフラが整っていく地域でできることは大きい」(藤田)、「ビークルの中で何をするか、その意味では不動産価値も変わっていく」(野本)というように、MaaSから波及して盛り上がっていくことに期待が寄せられた。

締めの言葉として各人からのメッセージを頂戴したところ、ロケーションハブである名古屋という街がいかに魅力的か、ビジネスとして底力・伸び代があるかが語られ、説明会参加者の表情を見る限り、少なからず愛知県への精神的な距離が縮まったことが感じられた。

取材を終えて

愛知県といえば「自動車王国」=トヨタグループというイメージが強いが、製造業などレガシーな領域こそテクノロジーを生かせる部分があることがよくわかった。品川―名古屋間を約40分でつなぐ2027年開業予定のリニア中央新幹線により距離が縮まることでハードルが下がり、新たな交流が生まれる部分もあるだろう。

名古屋駅近くにオープンする「なごのキャンパス」は、ベンチャー産業の中心地として期待されるが、どんなスタートアップが入居し、新しいビジネス、サービスが生まれるのか楽しみだ。