2月18日に行われたオンラインイベント、「事業化に導くオープンイノベーション~Aichi Open innovation Accelerator連動企画」。Aichi Open innovation Acceleratorが始まり2年となるが、昨年は様々な協業が生まれ、今年もマッチングが実現している。プログラムは現在も進行中であるが、本イベントでは「今後事業化を実現するためには何が必要なのか」、その答えを講演やゲストとのトークセッションから紐解いた。
一人目のゲストである野本氏は、弁護士×IT企業戦略部門というバックグラウンドを武器に、スタートアップの事業開発や戦略提携、政策企画等を支援するグロービス・キャピタル・パートナーズのキャピタリスト。オープンイノベーションでの事業化において、大手企業とスタートアップそれぞれの目線から留意すべき事項に関して講演いただいた。
また二人目のゲストである中村氏は、トヨタ自動車時代に有志団体・CARTIVATORを立ち上げ、日本初の有人デモフライトの成功をおさめている。現在は有志団体Dream-Onを通じて、様々な企業とオープンイノベーションを行われている。
トークセッションにおいてはそんな二人から、「オープンイノベーションが日本で少ないと言われる背景」、「事業化にあたっての大手企業、スタートアップそれぞれの思惑」、「事業化実現のためにどのようなことができるのか」の三つの観点でお話しいただいた。
「Aichi-Startup戦略」とは?
はじめに、本イベントの主催者である愛知県庁柴山氏より、開会のご挨拶および、「Aichi-Startup戦略」についてのご紹介をしていただいた。愛知県はものづくりを得意として世界で戦ってきたが、大変革期の現在、現行の産業構造がこのまま維持されるとは考えられない。
そこで、スタートアップを起爆剤としてイノベーション創出都市を作ることを目的に「Aichi-Startup戦略」が開始された。この戦略の中では、愛知県からスタートアップを生み出し、育て、世界進出を目指す方向と世界や日本全国から有力なスタートアップを愛知県に呼び込むという方向の2wayを想定し、プロジェクトを展開している。
また、オープンイノベーションを柱としており、地域の企業とスタートアップのビジネスモデルや革新的技術を融合することにより新しい付加価値の創造を目指している。多様なプロジェクトを展開している中でも、本イベントの主体である「Aichi Open innovation Accelerator」は主要なオープンイノベーションプログラムとして位置付けている。
実際に、多くのスタートアップやパートナー企業、事業サポーターのみなさまの協力を得て、地域全体で取り組む壮大で有望な事業となっている。AOAや本イベントをきっかけに、より多くの企業に愛知県のイノベーション創出プラットフォームへ入っていただき、今後の展開に参加していただきたいと締めくくった。
「事業化に導くオープンイノベーション」(株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズキャピタリスト 野本遼平氏)
弁護士として、スタートアップのビジネススキーム策定・提携交渉・資金調達等の支援に携わったのち、KDDIグループで買収や提携などに携わった経験を経て、現在はグロービス・キャピタル・パートナーズでご活躍する野本氏。自身の経験をもとに書籍も執筆している(「成功するアライアンス 戦略と実務」日本実業出版社)。
オープンイノベーションがいま必要なわけ
野本氏は、オープンイノベーションがいま必要とされている背景には、グローバルテック企業がもともとのインターネット領域から物理的な領域に進出している現状があると分析する。それに対して日本の大企業はどのように対抗していくか、どうやって新しい打ち手をしかけていくかということを悩んでいる。また、組織の変化のペースと比較して環境の変化のペースがかなり速くなっている。
これらに対応していくためには、自社だけではなく他社の力も借りる、すなわちオープンイノベーション、特にスタートアップとの協業が必要とされているという。スタートアップはリソースが少ないが故に単一市場に一点集中して市場を切り開こうというアプローチをとり、エッジが効いている。
スタートアップと組むことで大企業側としては市場を広げやすい。また、スタートアップは事業化に至らないといったハイリスクな部分もある一方、誰も手を付けていなかった領域で市場を支配できるというハイリターンな側面も同時にある。ハイリスクをとりにくい大企業はスタートアップと組むことを有意義であると感じるだろう。
また、新型コロナウイルス第一波のような、大きな環境変化が起きた時こそ、外部のリソースを活用することが必要になってくる。引き続き、SU投資やCVC投資、アクセラレータープログラムなどにアンテナを張り続けておくことで、市場の転換期においても減速せずにオープンイノベーションに積極的に取り組むべきだという。
大手企業としてスタートアップとどのように向き合うべきか
次にオープンイノベーションにおいて、大企業としてスタートアップとどう向き合うべきかを語った。➀目的の明確化・共有、②部署・担当者の固定、③下請け扱いをしないの3点に集約されるという。
➀目的の明確化・共有
まず、目的を明確化・共有することが重要だ。目的によってどのようにオープンイノベーションに取り組むべきか、どのようなアクセラレータープログラムに参加するべきか、アクセラレータープログラムで何を実現するべきかということも変わってくる。
目的として、R&Dのアウトソーシング、エコシステムの構築、リソースの補完、買収オプションなどが考えられる。目的に応じて、スタートアップとの利益相反や、スタートアップの本命の目的である本来の事業の成長の阻害、マイルストーンの設定に気を付ける必要があるという。事前にしっかりとした線引きが必要であり、ゴールがわからないままリソースを使い続けるという事態にならないように注意すべきだという。
②部署・担当者の固定
次に、協業に携わる部署や担当者を固定することだ。オープンイノベーションにおける困難を一緒に乗り越えるために、しっかりとした信頼関係を醸成していくことが大事であるためだ。社内の異動ローテーションの例外を設け、長期で同じ部署や担当者が携わることで、相場観やノウハウ、ネットワークの接点を集約できるメリットもあるという。
③下請け扱いしない
最後に、スタートアップを下請け扱いしないということだ。スタートアップは、成長させるべき固有の事業を持っており、独立を希望する企業体であるということを大企業側は改めて認識するべきだ。一度下請け扱いをすると、スタートアップの横のつながりにより、悪い噂はすぐに広まり、次のチャンスに繋がりにくくなるという。
スタートアップとして大手企業とどのように向き合うべきか
逆に、スタートアップは大手企業とどのように向き合うべきかについて、野本氏は次の3点をあげた。➀プロダクト・マーケット・フィット(PMF)、②オセロの四角を意識、③目的の明確化④本業の範囲内か。
➀プロダクト・マーケット・フィット(PMF)
スタートアップはどのようにして大手との連携で物事を進めていくのか線引きが重要であるという。まずは、自社内でのPMFを達成した上で、大手企業とのアライアンスをする必要がある。
②オセロの四角を意識
また、顧客接点を握り、オンボーディングしてからのフィードバックをしっかりとっていくことも重要だ。自社をオセロに見立て、オセロの四隅をどこに定めるのか、それをしっかりと死守したうえで、他社とのすみ分けが大切だ。死守すべきものを明確にするためにはやはりPMFが大切だと念を押した。
③目的の明確化
それぞれの提携が自社にとってどのような意味を持つのか明確にすることが重要である。中長期的な経営戦略のなかで必要であり不足している経営資源を事前に具体的にしておくことでどの企業と組むべきかがわかってくる。また、客観的かつ定量的に目標値を設定し、オープンイノベーションの効率をモニタリングしていくことで、撤退することになったとしても、協業が成功したとしても、次のステージに進む糧となる。
④本業の範囲内か
最後に、本業とのバランスを意識することを常に忘れてはいけない。最終的には自社の価値観やプロダクトの理念を基準に受け入れの振り分けをして、開発をすすめていくことが重要だと締めくくった。
トークセッション
続いてトークセッションでは、株式会社アドライト木村がモデレーターを務め、前パートで講演いただいた野本氏と、二人目のゲストスピーカーである有志団体Dream-On 代表理事 中村翼氏により、「オープンイノベーションが日本で少ないと言われる背景」、「事業化にあたっての大手企業、スタートアップそれぞれの思惑」、「事業化実現のためにどのようなことができるのか」についてディスカッションが行われた。
中村氏は、トヨタ自動車に入社し、量産車設計に従事しながら、2012年業務外で有志団体CARTIVATORを設立し、共同代表を務める。同団体では空飛ぶクルマの開発を主導し、トヨタグループ含む100社超のスポンサー企業支援の下、日本初の有人デモフライトを達成している。現在では未来へのタイムマシーンをテーマにした有志団体Dream Onの共同代表を務めている。空飛ぶ車に限らず、新たな種を見出すことに力を入れている。
オープンイノベーションが日本で少ないと言われる背景
野本氏は、以前に比べて大企業がスタートアップと組むという事例が、絶対数として増えている印象を受けているという。スタートアップ産業やベンチャー業界全体のプレゼンスが高まってきていて、今後の更なる発展を期待している。日本でオープンイノベーションが少ないと言われる理由の一つとしては、スタートアップのM&Aが一時期に比べると落ち着いているためとも考えられる。
ベンチャー全体のエコシステムが大きくなるには、海外のように大型のM&Aも増えてほしいが、失敗を許容する文化が不足する日本大企業の風土が邪魔をしてしまうかもしれないと述べた。
空飛ぶ車プロジェクトで様々な企業とオープンイノベーションに取り組んできた中村氏は、トヨタ自動車の会長からいただいた「中でやるより、外でやれ」というアドバイスを引用し、自社内だけでやる難しさを理解しており、外の協力を得て、発信しながら事業を進めることの効果を実感していることを述べた。外部とのやりとりにより、相乗効果があり、外部と組んだからこその新たな展開があったと、自身の空飛ぶ車プロジェクトを振り返っている。
事業化にあたっての大手企業、スタートアップそれぞれの思惑
野本氏は、公正取引委員会によるレポート「スタートアップは大手企業から搾取されているのでは」について、搾取の背景に大手企業のスタートアップへの偏った認識があるのではないかと述べた。
実際に零細企業は大手企業に比べて資金が少なく、立場も弱いが、個人の思いや解決したい課題があり、強い思いがあってこそ、ハイリスクで、チャレンジングなことをしている。大手企業は、スタートアップへリスペクトを持って接するべきであり、本当の意味でスタートアップへの理解があり、ポジティブな印象を抱いている人材をフロントに置くべきであるという。
中村氏は実際にスタートアップを立ち上げ、大企業と協業する際に、「大手企業による搾取」について考えることがあったという。実際の共同研究開発や業務委託の契約を結ぶときに、スタートアップは法務の知識や事例はあまり持っていないため、大企業の法務の方に対峙するのはかなりの馬力を要し、限られた知識や経験で頑張ったとしても、法務の専門性を問われると情勢は厳しくなる。結果的に搾取と呼ぶかはわからないが、負けないといけない部分も過去にあったという。
スタートアップ側がしっかり戦略を持つというのは大前提だが、そのうえで関係性の構築は改善していく余地があると感じている。有志団体をやっていて悩ましいのは、お金は必要だけれど、「やりたいことを守る」ということのバランスだという。
野本氏もまた、スタートアップと大企業の法務の知識の差に関して注視している。
本当は間に入っている大企業の担当者が自社の法務を説得して落としどころを見つけ、調整するのが理想だ。つまり、大手の法務vsスタートアップという構図になりがちだが、大手の法務vs大手の担当者とスタートアップ連合で調整し、落としどころを見つけることが大事だという。
また、オープンイノベーションの醍醐味は色々な会社が関わるため一社ではできないことをなし得るという点である一方で、色々な思惑が混在することになる。中村氏は、前に述べた「お金とやりたいことのバランス」がここでも重要であるという。
自身の有志団体の場合は、やりたいこと側に振っているため、やりたいことに対してフィットする方に入っていただいており、無理なくお付き合いできている点がいいことだと感じている。一方、お金も取りたい場合でも、最終的に何をやりたいかというのが重要だと考えている。もちろん投資していただいている方へのリターンについて考慮しなければならないが、会社としてかなり厳しい状況になっても最後に何をやりたいのかを貫くというのは重要な部分だという。
事業化実現のために必要なこと
野本氏によると、事業化実現のためにはスタートアップ側から何を目指していて、ゴールに至るには何が不足しているのか、協業先に何を補完してほしいかを明確に伝えることが重要だという。AOAのようなオープンイノベーションプログラムでは、マッチングのシステムもしっかりと設計されているとは思うが、改めてスタートアップは自社に何が不足しているのかを明確に提示し、大手企業が自分たちには何が出来そうかを検討してマッチングしていくことが重要だ。
大手企業は、「まずは与えよ」でとにかく与え、見返りは5、10年後でもいいよというスタンスで、直近でスタートアップから何かを得ようとしない我慢強さや忍耐があるとより理想的。オープンイノベーションのエコシステムを回すという中長期的な視点では、スタートアップを起点にすることで全員が果実を得られるのでないかと考えているという。
中村氏によると、スタートアップ側の観点で事業化実現に必要となるのは、PMFに至るまでの粘り強さや忍耐だという。自身がトヨタ自動車にいて、車の製作に苦労していた時、ある投資家からいただいたアドバイスを今でも思い出す。「早い段階でいきなりお金を入れてしまうと結局はやりたいことができなくなるから、今は食いしばれ」と。
投資の誘惑に駆られそうな場面もあったが、しっかりと自分たちのやりたいことの核を作ってプロトタイプが出来ると、支援を受けられるようになった。さらに、その段階で様々な形態で支援いただく企業は、はじめから自社のやりたいことを理解してくれているので、それに対して揺れるということはあまりない。
コンセプトの段階でいきなり組むことをせずに、プロトタイプを作って話をすると、自分たちのやりたいことのベースの上に連携の話ができるので、最初のところで食いしばるというのは重要なことだと思うと締めくくった。
イベントを終えて
イベント全体を通して、大企業にとってもスタートアップにとっても、オープンイノベーションはあくまで、自社の本来の目的を果たすための手段であり、お互いの目的の共有、理解をし、尊重し合って進めていくことが重要だということが説得力を持って示された。
大手企業、スタートアップの両方の立場を知るゲストスピーカー野本氏、中村氏の貴重なお話は、オープンイノベーションにおける事業化実現の課題を今後解決するヒントになっただろう。