人類史を変えるイノベーション「核融合」の現状とその可能性

 addlight journal 編集部

2050年のネットゼロ実現に向けて、世界は化石燃料からのエネルギー移行に取り組んでいる。その中で注目されているのが「地上の太陽」と称される核融合技術だ。

資源が海水由来でほぼ無尽蔵に利用できる可能性があり、二酸化炭素を排出しないこの技術群は、エネルギーと気候変動問題の究極の解決策の一つとして期待されている。特にイギリス、アメリカ、欧州大陸、中国、日本では核融合技術群を用いたスタートアップが設立され、投資額も年々増加傾向だ。また、国際熱核融合実験炉(ITER)の建設が進み、核融合エネルギーを実際に発電に利用できるかの検証も行われている。

本記事では、2023年11月20日に弊社アドライト主催で開催したウェビナーより、ITER機構の首席戦略官大前 敬祥氏をゲストに迎えた基調講演の様子と、東京都が支援する「SUITz Tokyo 〜東京発・Climate Techのグローバルインキュベーションプログラム〜」の詳細についてご紹介する。

核融合の概要と可能性

まずはゲストであるITER機構の首席戦略官大前 敬祥氏による基調講演の様子をお届けする。大前氏からは核融合の概要やメリット、人類社会にもたらすインパクトを解説いただき、核融合エネルギー実現に向けた地上最大の超大型国際プロジェクト「ITER計画」について、その取り組みや進捗について語っていただいた。

核融合とは

太陽光はもちろん、石油や石炭といった地球上で我々が現在利用しているエネルギー源の多くは太陽で起きている核融合反応を時間と距離を超えて活用しているものである。核融合反応とは、軽い原子核が高温・高圧の環境で融合し、より重い元素を形成するプロセスのことで、この過程で大量のエネルギーが放出される。太陽では自然に起こるこの現象を、人類が人工的に地球上で作り出し、コントロールしようとする取り組みが核融合エネルギー研究開発である。

核融合がもたらすメリット・社会へのインパクト

「地上に太陽をつくる」といった夢のような研究だが、実現できれば人類にどのようなメリットやインパクトがあるのか。メリットについて大前氏は大きく5つのメリットを挙げた。

これらのメリットがもたらす人類社会への超長期目線での市場インパクトは火の発見、産業革命や情報革命以上のものになると大前氏はいう。

人類がこれまで歩んできた歴史というのは、基本的にはエネルギーに対してどうアクセスするかで変わってきたが、ほぼ無制限に利用できる究極のエネルギー源を人類が入手するのは有史以来、初めての変化である。

ほぼ無制限で利用できるエネルギーが実現できれば、世界各地における電力の入手コストは限りなくゼロに近づいていく。電力コストが低下すれば、事業運営費が低下し、自動化はもちろん、食料問題、水問題などの解決にも繋がるという。また、化石由来の燃料に頼らなくてよくなれば、今日現在の地政学的なパワーもなくなり、多くの紛争問題が解決するという期待もある。

このように核融合エネルギーの実装、実現は人類史を変える力があるが、簡単に起きるものではない。10年、20年の単位ではなく、100年や200年の単位である。しかし、少なくとも我々の世代が核融合の実現に向けて残された課題を1つずつ解決をしないと子孫が核融合エネルギーで繁栄を謳歌することはできないため、今我々が取り組まないといけないと大前氏は語った。

核融合エネルギーによる発電とは

では、地球上で核融合を起こすためにはどのようにすればいいのか。

さまざまな方法が検討されているが、その中でエネルギー効率や地球上に存在する燃料が利用できることを踏まえると、最も有力視されているのが重水素とトリチウムを使ったトカマク型の磁場閉じ込め方式と呼ばれるものだ。

核融合エネルギーを利用した発電は、高温のプラズマ状態で重水素と三重水素を融合させ、発生するエネルギーを熱として捉え、それを用いて電力を発生させる。また、ブランケットでは熱を取り出す際に中性子とリチウムを反応させることで三重水素を作ることができ、これをまた入力側に利用することができる。リチウムを海水中から取り出す研究はすでに実装段階まできており、結果的に全て海水由来のもので燃料のループができるため、燃料がほぼ枯渇しない点がポイントになる。

核分裂反応との違い

核融合をより理解する上で、核分裂との違いを明確にしておく必要がある。この二つは同じ「核」という言葉を使っているが原理、現象が全く違うという。

核分裂は現在原子力発電所で利用されている方法だが、これは燃料を数年分炉の中に置いておき、中性子とウランが次々と連鎖反応していくことで実現している。この連鎖反応を適切に制御できるかが安全面でのポイントであり、不測の事態で制御不能になると、過度な反応を制御できずメルトダウンなどの問題が発生する。

一方、核融合は連鎖反応は起きず、何もしなければ何も起こらない。不測の事態が起きた場合でも、自動的に停止するというのが核融合がもつ固有の安全性といえる。唯一核融合で考えなければいけない安全技術は「閉じ込め」だけであり、安全要件が核分裂に比べると高くない。

現在、イギリス、アメリカが先陣を切って安全規制に関わる法整備が行われているが、原発規制とは異なるアプローチがとられている。日本でも、国家戦略ができたところで、次にやらなければいけないのが安全規制の問題であろうと大前氏は語った。

核融合炉実現に向けた超大型国際プロジェクト「ITER計画」とは

ここまでは核融合についての概要だったが、ここからは大前氏が所属する核融合炉実現に向けた国際プロジェクトである「ITER」について、ウェビナーで語られたことをもとにご紹介したい。

ITER計画とは、核融合エネルギーが化学技術的に成立することを実証するため、人類初の核融合実験炉を実現しようとする世界の人口の半分、経済の8割を占める世界7極(中、欧州、印、日、韓、露、米)35ヵ国で行う地球上最大の超大型国際プロジェクトである。

ITERのミッション

ITERのミッションは、核融合があることを証明することではなく、核融合がエネルギー源になりうることの証明である。実際、核融合反応自体はすでに欧州の実験炉で実現している。しかし、現在実現している核融合実験炉ではQで表されるエネルギー倍増率(入出力比、DT利用)が0.65と1を下回っており、これはやればやるほどエネルギーが失われていく状態を表しており、これでは夢のエネルギー源は実現しない。

そこで、ITERではトマカク型方式を通じて、核融合反応によるエネルギー倍増率Q≧10での安定運転を実現することを目指している。そして、社会実装されるための道となることが最終的な目標であり、ITERが最後の実験炉となることが計画のナラティブである。

ITERのこれまでの取り組み

ITERの歴史は1985年、レーガンとゴルバチョフの会談から始まる。そこから設計や建設場所の誘致などを経て、2006年にITER機構が発足し、2010年より実際の建設が進められている。2023年現在、ほぼほぼ建物は完成しており、マシーンの組み立ても2020年から始まっている。

組織構成としては、ITER計画を進めるためだけに作られたITER機構を中心に、各極にITERジャパンのような組織が作られており、それらが協力してプロジェクトは進められている。

ITER計画は参加各極による分担制作で進められているが、これは時間とコストがかかる分、各極にそれぞれを作ったことがある産業が生まれるという点でメリットも大きい。ITER計画の各コンポーネントは公的な研究所のみで作られているわけではなく、そこと共同で受注をした民間企業で作られている。日本でも様々な産業界が入っているが、昨今は核融合に関わる事業を単独でやっている会社が生まれている。

核融合技術群のスピンオフ

核融合は一つの技術で実現できるわけではなく、複数の技術が合わさってできる総合工学技術である。そのため、核融合からスピンアウトしていく技術も多くある。

その中で、すでに社会実装されているものの1つとして、核融合研究開発によって生まれた超伝導の技術はMRIなど医療分野の発展や、リニアへの応用が進んでいる。また、宇宙関係では放射線環境下でのリモードハンドリングやリモートセンシングをどのように実現していくかという点で核融合の研究開発と共通点があるなど、多くの産業の高度化や新市場の創出が期待されており、自動車産業・電気産業につぐ巨大産業になる可能性を秘めている。

日本における核融合の今後

最後に、核融合のロードマップと各国の動きについて紹介された。ロードマップはどの国でもステップは同じで、研究炉から実験炉へ進み、そこから原型炉、商用炉へと進んでいく。現在、ITERをはじめとした実験炉が進められているが、原型炉をいつから作るのか、どこに作るのか、どの規模で作るのかを早く計画しないといけない段階にきているという。

実際、米国や英国では原型炉をいつまでに作るのか具体的な計画が発表されており、ポリシーの策定やパートナーシップの枠組みなどができつつある。まだ、原型炉の建設を実際に始めている国はないが、各国が原型炉の建設に向けて動き出している。

日本でも有識者会議を経て、2023年春に国家戦略を策定した。ここからは安全規制の議論や法体系の整備、枠組み作りなどが2020年代半ばにはやっていく必要があると大前氏は説明した。

ディスカッション

(写真 左:大前氏 右:弊社木村)

基調講演後、弊社代表 木村を交えてパネルディスカッションが行われた。

日本の事業会社はこの大きなイノベーションとどう向き合うべきか

前提にすでに核融合に関わる事業は日本でも多数存在し、すでに次の事業の柱として考えている企業や関連事業を拡大していく動きがあると大前氏はいう。

また、現在全く核融合関連をやっていない企業に対しては、「日本の多くの会社は、自分達がまさか電力事業だとかエネルギー事業をやるとイメージができていないだけ技術は持っている。原子力と捉えちゃうとハードルが上がって入りづらいが、核融合はテクノロジー事業だと定義すればすごくハードルが下がる」とマインドセットの重要性を説いた。

加えて、核融合が実際に原発をリプレイスレベルになるには数年ではなく、数十年単位でかかるので、長期スパンでどんな要素技術を持っているとよいのか、バックキャスティングで考えるべきだと強調した。講演でも語られたように、核融合は多くの技術群によって成り立っている。一つの技術に専業で特化しても十分な規模を狙えるチャンスがあると答えた。

海外や日本で勃興するスタートアップへの期待は

国で進める原型炉プロジェクトはその国に1つしか作れない。ITERで雇用できる数にも当然限界がある。そのため、産業規模を作っていくためにはスタートアップが挑戦を続けて、その過程で核融合に関わる人間の雇用が増えることが大切と大前氏はいう。

また、ITERが人類にとっての核融合実現に向けたラストマンシップになっており、スタートアップが仮に失敗したとしても、核融合の夢自体が潰えるわけではない。だからこそ、どんどんスタートアップには挑戦してほしいと語った。

企業間連携などのオープンイノベーションは有効か

最後に、核融合におけるオープンイノベーションの有効性については「そもそもITER計画のコンセプトそのものが情報交換をして、共有して、1個のことをやるという思想でできている」という。つまり、有効か有効でないかというより、ITER計画そのものが大きなオープンイノベーションともいえる。

また、日本の大企業はオープンイノベーションを進める際、まだ何も生み出せていない段階から知的財産(IP)権保護などの話にフォーカスをしてしまっていると指摘。オープンイノベーションなら、結果については両者のものであると決めて、早く共同研究を進めたほうが結果的には利益を享受できるのではないかと述べた。

SUITz TOKYOのご紹介

ここからは弊社が進める「SUITz Tokyo 〜東京発・Climate Techのグローバルインキュベーションプログラム〜」の詳細についてご紹介する。

SUITz TOKYOとは

SUITz TOKYOは、東京都と弊社アドライトが協力して、スタートアップの増加とグローバル市場への進出を支援するアクセラレーションプログラムである。このプログラムは、Climate Tech分野に特化し、革新的なアイデアを持つ企業の成長と発展を促進することを目的としている。

プログラムは、主に2つの取り組みから成り立っている。一つ目の「アウトバウンドプログラム」は、国内のスタートアップが海外へ展開するための支援を行うものである。これには、海外のベンチャーキャピタルとのマッチングや資金調達の機会提供が含まれる。

二つ目の「インバウンドプログラム」は、海外のスタートアップが東京での事業展開を目指す際の支援を行うものである。このプログラムでは、海外の革新的なスタートアップを日本の大手企業に紹介し、両者の事業共創を促す。

対象領域は脱炭素・カーボンリサイクル、エナジトランディション、アグリテック・フードテックの3つの領域を主軸としている。これは従来のSUITzでもテーマの領域である。
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各プログラムの概要

各プログラムのタイムラインや概念図は上記の通り。11月1日に特設サイトを立ち上げ、どちらのプログラムもすでにスタートアップの募集を開始している。

アウトバウンドプログラムでは、参加いただいた企業には弊社がメンタリングや各種セミナーを実施しながら伴走支援を行う。最後に、3月下旬に海外VCなどを招いてピッチイベントを実施し、資金調達を行なってもらう。

インバウンドプログラムも同様に、参加企業へ弊社が伴走をする。インバウンドプログラムでは海外VCやすでに弊社と繋がりのあるスタートアップと国内大手企業へご紹介を行い、オープンイノベーションへと繋げていく。こちらもアウトバウンドプログラムと同様に3月にピッチイベントを予定している。

プログラムへの参加意義

両プログラムともに、ビジネスを拡大する機会を得ることができるが、いずれもプログラムへの参加については無料である。それぞれ、自前でやるとコストや労力がかかるだけに、ぜひこの機会を活用いただきたい。(プログラムの詳細やエントリー希望の方は特設サイトをご確認ください)

まとめ

核融合技術は、人類史を変えるイノベーションの一つとして、その可能性が高く評価されている。エネルギー供給の持続可能性と安全性の向上、さらには関連技術の進化により、新たな産業革命を促進することが期待できる。

日本の事業会社やスタートアップは、この大きな変革の波に乗り遅れないよう、積極的な取り組みと連携が求められている。弊社もSUITz Tokyoなどのプログラムを通じてその一助になりたい。