デンマークと聞いて何を思い浮かべるだろうか?キャンドルの明かりや「Hygge(ヒュッゲ)」だろうか。日本から見ると、幸せな国の印象が強いが、スタートアップ支援の手厚い国の一つでもある。去る2月28日、デンマークのコペンハーゲンビジネススクールで行われた 「50 startup pitch 200 student-jobs and internship」もその一環ともいえる。
学生が1,000人集う、インターンのためのスタートアップピッチ
50 startup pitch 200 student-jobs and internshipはインターンの募集を目的として開催されたもので、ピッチだけで22社、展示を合わせると50社のスタートアップが集結。参加生徒は1,000人にも上り、当大学に所属していない生徒も集う大きなイベントとなった。ピッチの参加企業の内訳はHealthTech 7社、FinTech 3社、顧客サービス系統3社その他9社。展示部門では国連採択の「Sustainable development goals(SDGs)」に注目したスタートアップも多数展示を行っていた。
中でも特にユニークだった4社を紹介したい。
従業員に企業クレジットカード配布で支出一元管理「Pleo」
Pleoは企業の支出を一括管理するサービスを提供している。従業員に制限付き企業クレジットカードを配布することで、企業内の支出の透明化や領収書の紛失といった金銭問題を解決する仕組みを作り出した。脱現金社会を果たし、クレジットカードが使えないところはほとんどないデンマークならではのソリューションである。
簡単かつ高セキュリティな署名システムで「Penneo」
デンマークでは国民全員に「CPR」という10桁の個人を識別する国民IDが付与され、ネットバンキングやクレジットカード、携帯電話、法的署名などを管理している。ほかにも電子署名システムがあるが、開始当初はセキュリティがそこまで強固なものではなく、処理にも時間を要していた。そこに目をつけたのがPenneoだ。PenneoはCPRを使った安全な電子署名システムだ。例えばオンラインで飛行機のチケットを購入するにあたり、CPRの番号、パスワード4桁、ワンタイムパスワードを入れ、CPRのシステムにログインすることで署名が完了し、支払者がカード保有者であることを確認する。
加えて、従来の電子署名は個人署名のみに使っていたが、Penneoを使うことで、企業での署名にも流用できるように。これにより、紙ベースでの契約にかかる管理の手間や資源の削減が大きく見込まれ、社内の効率化も期待できる。デンマークだけではなく、ノルウェー、スウェーデンの国民電子IDでも可能とのこと。
志は行動に落とし込んでこそ達成できる「2030Builders」
2030Buildersは、国連採択の持続可能な開発目標(SDGs)に向けて企業をサポートするシステムを提案する。SDGsは貧困や環境問題をはじめとする17のゴールと169のターゲットが設定されており、2030年までにすべての国で目標を達成を目指していくことになる。そうは言うものの、一企業で見た場合どこまで取り組むべきかわからないというのが正直なところだろう。2030 buildersが行うのは、そうした企業とSDGsとの関係分析かつ持続可能な企業の成長戦略の提供だ。環境税を推進するほど環境への配慮の意識が高く、SDGs指標世界ランキング2位のデンマーク(SDG INDEX AND DASHBOARDS REPORT 2018より。日本は15位)らしいスタートアップだ。
続ける楽しさを見出す「Brain+」
認知症や事故による脳の認知機能低下の対処として作業療法や音楽療法、リハビリテーションなどあるが、モチベーションが続かず挫折する人が一定数いる。Brain+はゲーム、AI、アプリそして病院とのコラボレーションにより、この課題に取り組んでいる。彼らが提供するアプリは大きく分けて二種類。子供向けの能力開発の”enhance”とリハビリや認知症予防目的の”recover”だ。どちらもAIによって使用者の状態を分析し、最適な難易度のゲームを提供する。さらに使用者が自身のデータを見ることができるためモチベーションを保ち続けられるという仕組みだ。アプリはAndroid、iOSに対応している。
働く環境もインターン選定の大事な選択肢のひとつ
「『従業員を成長させ、他の企業から羨ましがられる人材にする。』その言葉でオファーを受けることにしました」
そう語ったのは、コペンハーゲンビジネススクールのオーストリア人大学生だ。イベント終了後、彼女は登壇したスタートアップのうち二社に応募。いずれも採用となったが、社内のソーシャルアクティビティが多く、本格的な業務を任せてもらえるスタートアップで働くことにした。断った一社より賃金は低いが気にしていない。「スタートアップでの経験を通して自分を成長させたいのです。働くなら、やりがいのある仕事をしたいから」
ピッチしたスタートアップを振り返ると、会社概要や提供サービス、依頼したい業務内容の紹介以外に、朝食やコーヒーなどがついていたり、フライデーバーや社員旅行のような交流の場を設けていたりといったように、働く環境のよさを打ち出す企業が複数見受けられた。これもワークライフバランス部門世界5位のデンマーク(より良い暮らし指標2017(OECD)より。日本はワースト3位)といえるアピールの仕方で、学生にとってはインターン先選定の大きなポイントともいえるだろう。
考察
今回のイベントはヘルスセクターが多かった。デンマークは国民電子IDを通して個人情報を管理するため、患者の情報が病院とのコラボレーションを通して得やすく、サービス等の立ち上げに一役買っているのではないかと思われる。実際、コペンハーゲン首都圏地域の投資促進と経済成長を目的とした公的機関・Copenhagen Capacityによる「Living Healthtech Lab 」では、遠隔医療、e-ヘルス、支援技術、在宅ケア、デジタルヘルスケア分野でのイノベーティブソリューションに焦点をあて、イノベーターを支援している。デンマーク政府も3月に「AI国家戦略」を打ち出し、AIを役立てる分野の一つとして医療を挙げている。
ピッチでこそ働く環境のよさが目立ったが、募集要項には応募条件が細かく書かれており、インターンにもそれなりのものを求めていることが見てとれた。労働市場の競争が激しいデンマークでは、就活時の募集要項欄に常に「○○年以上の実務経験要」と書かれている。それで学生達はインターンシップを行うことが多い。さらに筆者の通うコペンハーゲン専門大学もだが、大学そのものがカリキュラムにインターンシップを入れることも珍しくない。即戦力として社会に迎え入れてもらうための準備はすでに始まっている。