数多くの企業で新規事業開発が行われるようになり、プロジェクトをどのようにすすめていくべきか、試行錯誤をされている方も多いことと思います。本コラムではPMO(Project Management Office / プロジェクト・マネジメント・オフィス)が新規事業開発において果たす役割とその価値について整理してみました。
新規事業開発におけるPMOの設置目的
一般的に新規事業開発は、専門の部署が主管となり実行する場合と、組織横断的に期限のあるプロジェクトとして実行する場合に分かれます。本コラムでは、主にプロジェクトとして実行するケースを想定し、そのうえでPMOが果たす役割とその価値について述べてみたいと思います。
なお、PMOとは何であるかについては、下記コラムを参考にしてみてください。
なぜPMOが必要なのか~基幹システム導入におけるPMOの必要性~
はじめに、新規事業開発におけるPMOの設置目的とは何でしょうか。
プロジェクトにおいて、PMOはどのような使命を果たすために設置されるのでしょうか。
新規事業開発プロジェクトは、上記コラムに記載したようなシステム導入プロジェクトや業務改善プロジェクトとは異なり、明確な課題や方向性が形式知となっているわけではありません。ユーザー課題の仮説を立て、提供価値をどのようにサービスあるいは製品として提供していくのか、白紙から議論をすすめていくことが求められます。そのため、自由な発想をリーンに生み出すことに重点が置かれ、細やかな進捗管理や課題管理は最優先でなくなります。
すなわち、新規事業開発のおけるPMOの設置目的は、自由でフラットな発想および議論を促し、かつ自社に不足したリソースを補いながら新規事業開発を前進させることです。
一方で、従来型のPMOが価値を発揮する、「プロジェクトを管理することでリスクを低減すること」を目的とした活動は劣後になります。
それでは、新規事業開発における設置目的をふまえ、PMOが担う役割についてみていきたいと思います。
新規事業開発におけるPMOの役割とその価値
新規事業開発におけるPMOの役割はおもに以下の3点になります。
1.体制づくりと自由な議論を可能にする環境づくり
2.ミニマムフレームワークの準備と議論の促進
3.社内外の調整と必要なリソースの提供
それぞれの役割について詳しくみてみましょう。
1.体制づくりと自由な議論を可能にする環境づくり
1点目は、プロジェクトの体制づくりとメンバー間の自由な議論を可能にする環境をつくることです。
本コラムでは主に新規事業をプロジェクトとして実行していく場合を想定しており、プロジェクトの目的のために集まった有期のメンバーでプロジェクトを進めていきます。そのため、プロジェクトの立ち上げにおいては適切なメンバーを選び、自由で活発な議論ができる環境をつくることが必要となります。
新規事業を立ち上げるということは、すなわち既存の事業とは異なる視点および視座によるアイデアの創造が求められます。それをするためには、幅広い部署、そして幅広い年代からメンバーを選ぶことを心がけましょう。日常の仕事で交流のない社員を選定することで、アイデアの交わりによる新たな化学反応が起きることも期待しながら。
また、メンバー間で自由に議論できるように配慮する必要があります。役職者の意見が優先されたり、若手が発言しづらくなったりするような環境は避けなければいけません。そこで、役職や年齢にとらわれずに他の人の意見を尊重しながら議論が進められる人を選定したいところです。なお、プロジェクトメンバーは日常業務とプロジェクト活動が並行タスクとなります。PMOは各部署の長と業務量の調整を図り、メンバーが後ろめたい気持ちなくプロジェクトに参加できるよう、配慮そして調整することが必要です。
このように、PMOはプロジェクト開始前に自由な議論を生み出せるチーム構成を考えてメンバーを選定し、業務調整をおこなうことで、自由なアイディア創造を促進するという価値をもたらすことができます。
2.ミニマムフレームワークの準備と議論の促進
2点目は、議論の促進のために厳選された必要最低限のフレームワークを準備し、議論を促進することです。
一般的に、新規事業開発プロジェクトは一回限りで終わりということはなく、何度もチャレンジできるよう再現性のある継続的な活動として位置づけられます。そこで、プロジェクトの進め方に関する方法論、すなわちフレームワークをもっておきます。フレームワークを持つことで、限りある社員の時間を有益な論点に絞り込むことができ、かつ議論の進み方を可視化することができます。メンバーのもつポテンシャルエネルギーを厳選した論点に集中投下することで、より良いアイデア創造を助けます。
また、議論の進み方を可視化することで、議論の全体像が把握できるとともに、意思決定のマイルストーンを明確にできます。さらに、PMO自身のフレームワーク活用の経験およびスキルが蓄積され、メンバのアイデアを引き出しやすくなります。
新規事業開発のフレームワークにはアイデア創出のためのツールをはじめ、複数のアイデアを絞り込むための評価ツールやアイデアを深掘りするためのフレームワーク、PoCや事業計画策定でおさえるべき論点表などを含みます。
企業独自のフレームワークを開発することも可能ですが、すでに世の中には新規事業にかかる数多くのフレームワークが開発され公開されています。公開されたフレームワークの中から自社に合いそうなものを選び、多少カスタマイズして使えれば良いでしょう。
ミニマムと用いたのは、フレームワークの数や充実度にこだわりすぎないほうが良いということです。なぜなら、フレームワークの数が多いとメンバーのエネルギーが分散してしまい、似通った議論を何度も繰り返してしまう恐れがあるからです。議論の時間は十分にとりたいですが、それはフレームワークの多さではなく、厳選したフレームワークで絞りこまれた論点について十分な議論を重ねるほうが効果を得やすくなります。
なお、新規事業開発におけるフレームワークについていくつか書籍を紹介しておきますので、参考にしてみてください。
- 「Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)」アッシュ・マウリャ、2012
- 「THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Casesー領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計」マーク・スティックドーン、2013
- 「起業の科学 スタートアップサイエンス」田所 雅之、2017
- 「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書」アレックス・オスターワルダー、2012
- 「バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る」アレックス・オスターワルダー、2015
- 「システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」」前野 隆司、2014
- 「シナリオ・プランニング――未来を描き、創造する」ウッディー・ウェイド、2013
フレームワークを準備したのち、実際にメンバーとのディスカッションの場をつくります。ディスカッションにおける議論の促進、すなわちファシリテーションもPMOの重要な役割です。はじめてプロジェクトに参加する、どのような意見を言えばよいのか不安だなど、彼らはさまざまな状況や心理を抱えて臨んでいます。これらを十分に理解し、適切な問いかけにより議論を活性化させることがPMOの役割となります。議論の促進には多様な質問の引き出しをもっておきたいところです。
ファシリテーション技法に関する詳細は割愛しますが、参考までに書籍を紹介しておきます。
- 「「良い質問」をする技術」粟津 恭一郎、2016
- 「ザ・ファシリテーター」森 時彦、2004
- 「日産 驚異の会議 改革の10年が生み落としたノウハウ」漆原 次郎、2011
このように、PMOは絞り込まれたフレームワークを準備し議論を促していくことで、新規事業開発プロジェクトを前進させていくという価値をもたらすことができます。
3.社内外の調整と必要なリソースの提供
最後は、社内外のステークホルダーとの調整およびプロジェクトに不足したリソースの提供です。新規事業開発を進めていくと、プロジェクトメンバーだけでは解決できない問題が出てきます。
たとえば、
1.想定しているカスタマーの業務や成し遂げたいことがよく分からない
2.ユーザーをとりまく利害関係者が誰なのか分からない
3.事業が法律などの制約を受けて、実現不可能かもしれない
4.内部統制など社内規則に問題はないだろうか
1および2は既存のカスタマーセグメントにはない、新規のセグメントを対象とした際、よく起きる問題です。想定カスタマーの業務に精通したメンバーが社内にいないことが原因です。その場合、PMOがユーザーヒアリングをセッティングすべく、想定ユーザーへのパスを見つけてコンタクトします。もしもパスがなければ、スポットコンサルティング等使い、ユーザーにヒアリングできる環境を用意しましょう。
また、3のように法律などの専門知識が必要であれば、PMOが法務部に相談するか、事業領域に精通した弁護士にコンタクトをとり、質疑応答ができる環境を用意しましょう。4の場合は、経理や人事など社内の利害関係者と調整し、適宜協力が得られる環境をつくるといいでしょう。
以上のように、社内外のリソース調整はPMOの重要な役割であり、プロジェクトに不足しているリソースを補いながらプロジェクトを前進させることで価値をもたらします。
まとめ
本コラムでは、新規事業におけるPMOの役割について整理してみました。新規事業開発プロジェクトは自由な発想をリーンに生み出すことに重点が置かれます。システム導入のPMOとは異なり、細やかな進捗管理や課題管理は最優先ではなくなります。
新規事業開発におけるPMOの使命は、自由でフラットな発想および議論を促し、かつ自社に不足したリソースを補いながら新規事業開発を前進させることです。そのためにも、PMOがプロジェクトを支援し、プロジェクトを前に進めていくことが必要となります。