ウェルテックと日本古来の叡智とのつながりとは ― ポスト・コロナ時代を見据えたウェルビーイング×テック最新トレンド

 addlight journal 編集部

12月15日、弊社アドライトはイベント「Trend Note Camp #24 『ポスト・コロナ時代を見据えたウェルビーイング×テック最新トレンド』」を、FINOLABの協力のもとオンラインにて開催した。

海外の最先端ベンチャーのトレンドやビジネスモデルなどを学ぶことを目的としたイベント「Trend Note Camp」。24回目の今回は、欧米市場を中心に注目され始めているウェルネス/ウェルビーイングとテクノロジーを掛け合わせた「ウェルテック(Well-Tech)」について取り上げた。

今回のゲストスピーカーには、日本におけるHRテクノロジーの第一人者である民岡良氏と、日本ではまだ馴染みの薄いトランステック分野で第一人者である山下悠一氏をお招きし、ポスト・コロナ社会において大手企業がウェルネステックを活用する重要性と、B2C領域においてウェルネステックが果たせる役割について、実務的な観点からお話しいただいた。

ウェルネス/ウェルビーイングの「概念・定義」について

最初のセクションでは「ウェルネス/ウェルビーイングの概念・定義」について取り上げた。

山下氏によると「ウェルネスとは、1961年に公衆衛生医のハルバート・ダン博士によって提唱された概念で、illness(病気)に対して包括的な良い状態を目指す意図やアクティビティのことを指します。ウェルビーイングは、心身共に健康な状態をあらわす言葉と理解しています」とのこと。

HRテクノロジーを専門とする民岡氏は、ウェルビーイングについて「人事分野ではEmployee experience(従業員体験)を高める活動の中核的なワードとして使われており、ウェルネスの考え方は企業の人的資源に関する動きと重なり合うところが増えてきています」とコメント。

北米のウェルネス/ウェルビーイング×テックの最新潮流とは?

次のセクションでは、モデレーターの熊谷から「北米のウェルネス/ウェルビーイング×テックの現地最新潮流」についてお伝えした。

ウェルテック領域は、既に30種類程の分野に細分化されており大きなムーブメントになりつつある。
熊谷は「ウェルネス経済圏は、複数の大型産業にまたがる巨大産業群となっており、AIからロボティクス、バイオまで幅広い技術を活用することによってウェルビーイング・サービスの可能性は大きいと考えています」と語り、ウェルテック関連スタートアップとして以下の4企業を紹介した。

  • Lyra:パーソナル・メンタルヘルスケアのデジタルプラットフォーム
  • pace line:個人の健康状態とマッチングした各種金融サービスの提供
  • wellory:食を中心としたコーチングなどで健康管理を行うアプリ
  • everlywell:各種在宅検査キットの研究・開発を行う在宅ヘルスケアサービス

そして、ウェルテックが世界的トレンドになった背景として「新世代到来」「体験経済」「組織から個人へ」の3つのキーワードをあげた。
熊谷は「これらの変化に呼応できるものとして、実は日本古来の価値観や智慧・叡智が現代世界に掘り起こされてきており、モノ・カネではなく「ヒト」「心」を大切にしてきた日本の哲学を世界が認知し始める時代が到来したと考えています。」と付け加えた。

日本のウェルビーイング×テックの意義とこれから

つづいてB to Cの観点で、山下氏より「日本のウェルビーイング×テックの意義とこれから(心身の健康とマインドフルネス)」についてお話しいただいた。


山下氏は現在に至るまでの間、資本主義システムへ疑問を抱き、12年間活躍した外資系コンサルティング会社を辞め、その後自らの問への答えを求める活動に専念した経歴を持つ。また、資本主義システムへの問題提起を記した自身のブログ記事は3日間で10万人に読まれた。
こうした体験をもとに、DoingとBeing両方の充実を達成できるような社会を作りたいと考え、株式会社Human Potential Labを立ち上げた。同社では「人類の未知なる可能性を開く」をミッションに掲げ、自分の知らない内面的なポテンシャルを発揮する体験を提供している。

山下氏は、ウェルビーイングについて西洋型と東洋(日本)型の違いに注目しているという。
「西洋は絶対志向であり、ウェルビーイングの観点でも客観的な結果を求める。一方、東洋では相対志向が主流であるため、調和したウェルビーイングを求め、客観的な事実より経験やプロセスのような主観的要素を重要としています」と山下氏。
また、既存の西洋的なウェルビーイングの定義に対して、東洋的な面からみたウェルビーイングを「シン・ウェルビーイング」と定義されたとのこと。
山下氏は「シン・ウェルビーイングとは、悲劇であれ、怒りであれ、不快であれ、あらゆる感情や感覚に気づいている状態のことです」とその定義を披露された。

このシン・ウェルビーイングを達成するためのウェルテックに対する考えもお話しいただいた。
山下氏は、トランステックこそ日本が世界のスタンダードになれる新領域であると注目している。実際に日本の特異な深い精神性を強く反映した「KONMARI〜人生がときめく片づけの魔法〜」や「鬼滅の刃」などのコンテンツは世界的にも注目されている。一方、Technologyの面では日本のお家芸であるモノづくりを最大限に活かすことができる。
山下氏は「日本が伝統的に得意としてきた両分野の力を最大限に発揮することで、トランステックをリードしていくことになると期待しています」と語った。

現在Human Potential Labでは、個人のポテンシャルを開発するため、世界中のWisdomとAIを駆使しガイド・コーチングするツール「ポケット・グル」を開発中だ。人が変わる時には人の存在が大事という観点から、人間を超えた人間らしいAIを目指しているという。
日本発のウェルテックとして注目を浴びる日が待ち遠しい。

最後に、DX(デジタルトランスフォーメーション)からCX(カスタマーエクスペリエンス)へのシフトについてもお話しいただいた。
山下氏は「まさに今が資本主義社会の変革期であると考えています。そして、この変革を起こすのは企業の組織論や具体的な行動ではなく、個人の意識レベルでの変化であり、意識レベルの変化を起こすこと自体が大きなマーケットになっていくと予想しています」

人的資本の情報開示の流れの中でのウェルネス、ウェルビーイングとは?

次にB to Bの観点で、民岡氏より「人的資本の情報開示(ヒューマンキャピタル・レポーティング)の流れの中でのウェルネス/ウェルビーイング」についてお話しいただいた。


民岡氏は、現代の日本企業が抱える大きな問題を「従来の日本企業は、組織の求心力が強く、教育に重きを置き、人材の潜在能力を伸ばしてきました。しかしバブル崩壊後、効率性や即戦力を重視するあまり個々人の中長期的成長を考えないようになった一方で全体的に人依存という文化は残り、全ての重要情報が暗黙知化され続けた結果、大きな問題となっています」と指摘。

この暗黙知化されている重要な情報の一つが人的資本だ。企業における人的資本の可視化は10年以上前から投資家より求められていたが、人事領域での定量化は難しいとされてきた。しかしドイツでは、4〜5年前からヒューマンキャピタル・レポーティングが率先して行われ、実施した企業の株価にも顕著にその効果が現れたという。
また米国証券取引委員会は、2020年8月に人事・組織におけるマネジメントの標準規格「ISO30414」に則ったHRレポートの外部報告を上場企業へ義務化した。

民岡氏は「近い将来、この標準規格は日本を含めた世界的なスタンダードになっていくと想定されます」と語り、ISO30414に準拠したHRレポーティングのうち、ウェルネス/ウェルビーイングとの関連性が強い項目として以下の6つをあげた。

  • Leadership:経営者・マネジメントのリーダーシップ
  • Organizational culture:組織風土
  • Organizational health, safety and well-being:組織の健全性・安全性・狭義のウェルビーイング
  • Compliance and ethics:組織のコンプライアンスと倫理
  • Skills and capabilities:人材のスキル・能力
  • Diversity:人材の多様性

この中で特に民岡氏が注目するのは、人材のスキル・能力と多様性の項目だ。なぜなら、このISO規格を通して従業員のスキル・能力や特性を可視化することで、組織として個々人のスキルアップや成長に本気で取り組まざるを得なくなる。同時に従業員はその企業における自身の成長可能性を感じ、結果的にEmployee experienceを高めることにつながる。
また、企業が従業員個々人のスキルや能力を伸ばすことに注力することによって、企業全体が自然とジョブ型に近しいシステムにシフトしていくことになる。

民岡氏は「企業が従業員のウェルビーイングを追求していくことは、Employee experienceを高めることにほぼ等しいと考えています。そして、こうした世界的な人的資本の情報開示の流れを、組織の変革機会としてぜひ捉えてほしいと思います」と締めくくった。

ウェルネス、ウェルビーイングの「今後の展望」とは?

つづいて、登壇者それぞれが考えるウェルネス/ウェルビーイングの今後の展望についてお話しいただいた。

山下氏は「世界的に人気の瞑想アプリCalmがいよいよ日本に上陸し、日本の投資家たちもウェルテック産業の可能性を認識し始めています。現在、日本でのマインドフルネス市場は440億円。今後3年で2500億円程度の市場になるとも言われ、ウェルネス/ウェルビーイングの領域が急拡大する前夜のように感じています」と話すとともに、「トランステックの分野ではto C向けもto B向けも同じようなサービスとなり、同一化していくと思います」と付け加えた。

木村は、日本と海外のウェルネス/ウェルビーイングに対する関心の違いに注目した。「日本人はスピリチュアルなものをオープンにすることに抵抗感を持っている方も多く、圧倒的に海外の方がウェルネス/ウェルビーイングへの関心度が高いと言えます」と語り、「ウェルテック関連のアイデアや製品が日本発であったとしても、まず海外で広まり、その後逆輸入されて日本に導入される可能性が高いと考えています」と続けた。
また「日本ではメンタルヘルスの問題がより顕在化している企業でウェルビーイング関連の導入が先行し、その後に個人へと浸透していくと予測しています」と締めくくった。

民岡氏は、企業のマネジメント哲学に明らかな変化が現れていることを指摘した。「これからは、従業員の家族やコミュニティとの繋がり、その充実度もマネジメントの対象に含まれてきます。」と話し、「持続可能な働き方や環境を整備することが企業としての存続につながるという考え方から、従業員のウェルビーイングを考えると理解されやすいと思います。」とつないだ。
また民岡氏は「コロナ禍における在宅勤務により、生活と仕事の境目が明瞭でなくなり、否応なくワークライフインテグレーションが民主化された意義は大きいと思います。ワークとライフが分断された状態に戻ろうとしても、ワークライフインテグレーションが実現できると知ったことは、今後の方向性に多大な影響を与えることになります」と見解。

企業の中でウェルネスは誰が担うのか?

最後に、上場企業の役員の方から寄せられた「企業の中でウェルネスに取り組む際には、誰がリードするべきか?」という質問を取り上げた。

民岡氏は「人的資本の可視化をリードするべきは、人事部門ではなく経営層です。もちろん人事部門の協力は必要ですが主幹になるべきではなく、人的資本の可視化に取り組む中心は、やはり経営層や経営企画部門が担うことが重要だと考えています。」とコメントした。

山下氏によると、具体的なプログラムに関して言えばボトムアップ方式でうまくいっている企業が多いという。山下氏は「ウェルネスに関心を持っている人が中心となりプログラムを開催し、参加者に実際に体験してもらうことでウェルネス/ウェルビーイングに対する意識は効果的に変化していくと感じています」と話した。

取材を終えて、今回テーマとなったウェルネス/ウェルビーイングは、まさにこれからムーブメントがくる分野であると感じた。
ゲストスピーカーとしてご登壇いただいた両氏からは、短い時間では語り尽くせない熱い想いと大きなマーケットとしての期待感が伝わってきて、アドライトとしても私個人としても、これからのウェルテックの広がりに目が離せない。