日本メーカーによる自動運転技術の開発・実験の進捗状況

 addlight journal 編集部

日系メーカー各社が目指す「自動運転」

今回は、日系メーカー各社が目指す「自動運転」がどのようなものなのかを明らかにしたうえで、その最新の動向をまとめていきます。

その前に、まず海外メーカーの主だった動きを紹介すると、米フォード社が2021年までに運転手を一切必要としない、SAEインターナショナルの定義におけるレベル5での自動運転を可能にし、量産化に入ると宣言しており、米グーグル社は2020年を目途に実用化すると発表しているほか、独VW及びBMWも2021年までの導入を発表しています。各社が今後5年以内にレベル5での完全自動運転の実現を謳っていることで、関連する技術系メーカーの買収競争も激化してきています。
(経済新聞電子版 2016年8月17日 自動運転「2020年」へ攻防 フォード、完全無人車量産へ http://www.nikkei.com/article/DGXLZO06186040X10C16A8TI1000/

では、日系メーカーの動きはどうでしょうか。
2016年の「官民ITS構想ロードマップ2016」 (http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20160520/2016_roadmap.pdf
では前述の海外勢の動きや、2020年の東京オリンピック開催といった事情もあって、完全自動運転の実現に向けたロードマップの大幅な見直しが行われています。

まず、2020年までに「準自動パイロット」の導入を定めており、これは高速道路等の限られた走行区間において、車線変更を含むすべての運転動作を自動で行うというものです。SAEの定義ではレベル3に該当し、以下に詳述するように、2015年にはトヨタがすでに実験を成功させているほか、米テスラモーターズなどはすでに実用化にも至っています。これを法整備によってドライバー責任からシステム責任に切り替えると、定義は「自動パイロット」となりSAEの定義ではレベル4に該当、これは2020年を目途に実現させる計画になっています。

そして、特筆すべきは「無人自動移動走行サービス」を2020年までに導入することが明示された点で、SAEのレベル5における完全自動運転の導入は2025年を目途にとしてありますが、それに先駆けて地域限定的に、遠隔操作による完全自動運転サービスを実現させようという計画になっています。(p.24)

完全自動運転の実現に向けたアプローチは2通りあり、一つは多様な走行環境の中で、自動運転技術を漸次的に高めていくというもの、もう一つは限られた走行環境において、SAEレベル5での自動運転を実現させ、そのシステムが適応できる環境を徐々に広げていくというものですが、日本は後者のアプローチを採用する方針ということになります。これはやはり、2020年の東京オリンピックを見据えて、区間限定的にでも、日本の完全自動運転技術を世界に示そうという狙いではないでしょうか。

以上のロードマップに従って、各メーカーの具体的な動きを見ていきたいと思います。
(自動運転のレベルに関して、日本では米国運輸省 NHTSA(道路交通安全局)の定義に従うことが多いため、それをSAEインターナショナルの定義に変換して表記。)

トヨタ自動車

トヨタ自動車は2015年10月に、SAEインターナショナルの定義におけるレベル3での自動運転実験を首都高速の有明ICから福住ICの間約5.5kmにおいて実施しています。レベル3のもとでは、限られた走行環境において、システムによって車両周辺環境の監視と、運転操作の一切が行われ、ドライバーはシステム側からバックアップの要請があった場合のみそれに対応するという形で車両が走行します。つまりこれは、「官民ITS構想ロードマップ2016」 における「準自動パイロット」の実現に向けた実験ということになります。

この実験は、警視庁から特別に許可を得た実験車両を使用し、ドライバーは実験区間においては、ハンドルから手を10cm以内の距離に保った状態にするという制約のもとで行われました。

実験に使用されたトヨタの自動運転システムは複数のカメラとレーダーから得られる情報をAIが複合的に分析し、適切な運転動作を行うというものです。車線への合流・分流や、割り込み車への対応、さらに追い越しまでも可能になっています。
当該実験区間においては、システムは問題なく稼働し、その実用性と信頼性をある程度証明した形となりました。
しかし、レーダーの物理的特性によって、天候等の制約もあり、課題はまだ多いと言えます。

Yahoo Japan 映像
http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/news_business/p033079318f58c66419ef9e12cc60f125

なお 、意外にもアナログな技術的課題については、東洋経済の以下の記事から興味深い示唆がなされています。
「トヨタの自動運転、まだ乗り越えていない壁」 東洋経済オンライン2015年10月19日 http://toyokeizai.net/articles/-/88573

「また、ライダーなどの外側を覆うカバーが泥や雪で曇るとセンサー機能を発揮できないという、意外にアナログな課題も明らかになっている。必要なのは防汚素材か、自動浄化装置か、はたまた新技術なのか。課題解決のソリューションは自動車産業やIT業界以外のところにあるのかもしれない。現状の課題は何で、どこにどういった技術が必要なのかを総合的に把握しているのは他でもないトヨタだ。オールジャパンの力を結集し、自動運転の覇権を掴みとれるかどうかはトヨタ自身の情報発信力にかかっている。」

自動運転という革新的な技術に向けて必要となる個々の技術的課題のクリアは、意外にもIT産業以外の分野にかかっているかもしれません。素材産業に強みをもつ国であり、様々な気候条件を有する国でもある日本では、技術的課題への対応に様々な産業間および伝統的技術を有する老舗企業からベンチャーに至る様々な経済間主体での連携が期待されます。

トヨタ自動車の技術開発を担う組織の一つ、ミシガン州のトヨタテクニカルセンターでは、完全自動運転(SAE レベル5)の実現に向けた障害物探知の技術開発が進んでいます。そこでは、障害物探知の技術に人工知能は欠かせないとされており、以下のようにコメントしています。

「例えば、鹿が出た時はシステムでブレーキを踏む判断ができる。しかし、フリーウェイに風船やタンブルウィード(回転草)、小動物が飛んできた時にどうするかと。軽い物体なので人間は止まるべきだとは判断しないが、システムはブレーキをかける。この場合に止まったら後続車両と追突した場合の損害の方が大きい。また、トラックとコヨーテのどちらにもぶつかりそうな場合にどちらを選ぶかという状況ではシステムだけでは判断できない」

人間の脳が衝突を回避しようとするときに考慮している情報の量はあまりに膨大であり、システムではあらゆる情報を統括する人工知能の導入が進まない限り難しいということでしょう。また、学習機能にも注目が集まっていて、例えば個々の車両の走行情報を一つのデータベース上に統合し、ビッグデータ解析技術を用いれば、人工知能が膨大なデータをもとに、個々の状況における最適な運転動作を学習していくことも可能になります。

これは人間が直感による判断を獲得していく過程に似ていて、あらゆる場面においてシステム側の判断が人間の判断を上回ることも可能になります。(これは囲碁において対人戦を制したスーパーコンピューターが、人間の直感による差し手をも模倣、対処することを可能にするために実際に行われた手法と同じです。)

こういった人工知能関連の技術開発を行っているのが前述の「トヨタ・リサーチ・インスティテュート(以下TRI)」であり、2016年1月に、同社によって米国カリフォルニア州に設立されました。TRIはミシガン州にも3か所目となる拠点を早くも設置しており、同地では、ミシガン大学との協力により、小規模な街を再現した「Mcity」で自動運転技術の実験を行うことが可能であり、また行政の支援で、工場跡地にMcityよりもさらに広いテストコースを建設する計画が進行しています。

(MONOist 2016年10月27日 「完全自動運転の障害物検知は人工知能が不可欠」 http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1610/27/news034_2.html

Mcityはまさに「限定された走行区間」といえますが、そこでのAIの活用によるSAEレベル5での全自動運転技術の開発は、まさに前述のロードマップでの「無人自動移動走行サービス」の実現に向けた取り組みといえます。
このように、トヨタ自動車はレベル5での自動運転技術の確立に向けて研究開発を進め、あらゆる機関との連携も進めており、日本において他のメーカーに先行している印象を受けます。

富士重工(スバル)

アイサイトによってシステムによる運転サポートをいち早く可能にし、話題となりましたが、2017年までにはそのアイサイトをバージョンアップさせる形でSAEレベル2での自動運転を2017年までに実用化することを目指しています。これは、加減速やハンドル操作の一部が自動化されるというもので、部分的な自動化が完成したシステムとなります。

しかし、走行環境の監視や運転操作のバックアップは依然ドライバーに委ねられる形となるため、上記で紹介したようなトヨタによるレベル5での自動運転実現のための取り組みとは隔たりがあります。

(Carwatch 2016年3月7日 スバル、2017年にアイサイトを進化させたレベル2自動運転を市販車に投入http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/747080.html

ホンダ

ホンダもトヨタと同様に、2015年11月には、レベル3での自動運転実験を自動車専用道路にて完了させ、メディアに公開しています。
(朝日新聞デジタル 2015年11月22日 「カーブも合流も滑らか ホンダ、高速での自動運転を公開」
http://www.asahi.com/articles/ASHCK6QGYHCKULFA02K.html

また、米サンフランシスコの「ゴーメンタムステーション」と呼ばれる海軍基地の跡地を実験地として、シリコンバレーに拠点を置くホンダ・リサーチ・インスティテュート(HRI)の開発する画像認識ソフトウェアのテスト等も実施しています。

三菱自動車

2016年2月にはレベル3での自動運転の実験映像を公開しています。
しかし、三菱自動車の特筆すべき点は何といってもその部門横断型の開発力の高さにあります。ミサイル誘導用のミリ波レーダーや、GPSをさらに上回る準天頂衛星による測位システムなど、国家プロジェクト級の軍事・宇宙関連部門で技術を培っている強みを活かし、そういった技術を活用した全自動運転の技術を他社同様に2020年を目途に実用化する方針を明らかにしています。
(Bloomberg 2016年3月30日 自動運転システム覇権争い、三菱電機が急浮上-受注得て17年度量産 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-03-29/O4IV306KLVR701

日産自動車

日産自動車はSAEレベル3での自動運転技術導入に向け、「プロパイロット1.0」の一般道および高速道路での走行実験を完了し、今年7月にその様子を公開しています。(http://www.nissan.co.jp/AUTONOMOUSDRIVE/05/index.html

公式サイトでも発表されているように、プロパイロットシステムを使用した自動運転は、2017年までに高速道路で、さらに2020年には市街地で導入することを目標に開発が進められており、すでにその試験走行は可能な状態になっています。

SAEレベル5での完全自動運転の実現に向けて

これまで見てきたように、日系メーカー各社もレベル2及び3での自動運転の実験はすでに公開しており、実用化に向けて動いています。その中で、2020年を節目とした取り組みに大きな違いが出ているのが、やはり先端技術への投資であるように思えます。

各種レーダーおよびカメラを組み合わせた限られた走行区間における自動化は、各社の既存の技術の延長線上で可能になるものですが、トヨタがTRIでAIの研究・開発に熱心であるように、さらに高度な自動運転技術の開発ともなれば、それを可能にする新しい技術が必要となってきます。

買収・技術提携などの方法ですでにそういった先端技術を巡る動きは活発化してきていて、どこまで既存の技術以上のものを他に入れることができるのかという点が、SAEレベル5の実現に向けた分水嶺になるかもしれません。

IT企業と自動車企業の連携

例えば中国では、上海汽車集団とアリババ集団が提携し、インターネットに接続した車を開発、そのプラットフォームを基にした自動運転技術の導入にも積極的な姿勢を見せています。同様の技術提携は韓国LG電子と独VWも行っています。
(Bloomberg 2016年6月1日  上海汽車とアリババ、中国2社がネット接続車で提携-9月発売予定https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-06-01/O82ES76JIJUZ01

米フォードによる2021年の実用化に向けた動きも加速しており、物体を立体的に認識できるレーダー技術を要する米ヘロダイン社に7500万ドルの出資を行ったほか、画像認識に強いイスラエルのAIベンチャーであるサイプス社も買収しています。

画像解析に用いられる技術はイスラエルのMobileye社の技術が優れていて、同社は独BMW及びアウディとの業務提携をしています。また独BMWについていえば、全自動運転技術を搭載した自動車の核とも言える半導体の分野で米Intelと提携しました。

しかし、このような技術提携が進む潮流の中で、独ダイムラー社は面白い独自路線をとっています。全自動運転の導入のために必要となる技術、その他あらゆるソフト面を外部との連携に頼るのではなく、自社で開発しようというものです。その背後には、将来的に自動車メーカーが単なるハードの供給者となり、急速に力を落とすのではないかという危惧があります。全自動運転技術の開発にも、既存ユーザー重視の経営との間にジレンマが存在します。

ダイムラー社は、「Aプラン」と呼称されるプランでは、所有を前提とする車づくりにおいて、レベル4以上の自動運転技術は必要ないとみています。すなわち、車を所有物として購入する従来の顧客層は、レベル4以上の無人運転の段階の技術を必要としていないと考えています。一方で、「プランB」と称されるプランにおいては、公共サービス向けの車両開発をベースにしており、そこではレベル4以上の自動運転技術の導入を目指しています。

終わりに

海外メーカーの主だった動きに触発される形で、日系メーカーもSAEレベル5(無人での完全自動化運転)の実現に向けたロードマップに沿って動き始めています。しかし、独ダイムラー社が考えるような車の所有者に向けたサービスと非所有者に向けた公共サービスとを分けるアプローチ法は、自動車の製造者として走る楽しさを追求していく姿勢を、それを求める顧客のためにも維持していくべきかという、また違った問題を投げかけているようにも見えます。

いずれにせよ、2017年の導入に向けてレベル3(運転者のバックアップのもとで、システムによる走行環境の監視が行われる段階)での自動運転技術は各社ともほとんど出揃ってきており、それに対するユーザーの反応が今後の完全自動運転技術の実現に向けた試金石になると考えられます。

自動運転技術の普及に伴って、自動車の所有のあり方そのものに変化が生じるのか、そうでないとしても所有者にとって自動運転技術はどの程度のレベルまでが求められるのか。市場のニーズに対応しながらも、完全自動運転技術の確立に向けた競争からは脱落しないようにしなければならない、各メーカーの動向に今後も注目していきたいところです。

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