Startup Genomeがここ数年発表している、スタートアップエコシステムの格付けGlobal Startup Ecosystem Ranking 2017年版において、TOP 20に5つの都市がヨーロッパから選出された。
上からロンドン(3位)、ベルリン(7位)、パリ(11位)、ストックホルム(14位)、アムステルダム(19位)と位置している。1位のシリコンバレーの強さは言うまでもないが、ヨーロッパも独自の強みを生かしスタートアップ文化圏を構成し始めている。
弊社はITmedia NEWSで「あなたの知らないヨーロッパの世界」シリーズ連載(第一弾:「日本企業が米国より欧州スタートアップと相性のいい理由」をスタートさせたほか、ヨーロッパのdeep tech系スタートアップへの投資を開始。先月は国内でも十分の需要を感じられるイギリスの業務オートメーションAI企業に出資した。1月22日「Trend Note Camp #11:急成長中の欧州スタートアップエコシステムから見る2018年のスタートアップトレンド」を主催したのも、こうした状況を肌身で実感しているからである。
ゲストのTruffle Venture Capitalパートナーのマーク・ビヴェンズ氏(以下、マーク氏)によると、ヨーロッパのスタートアップはアメリカに比べユニコーンの数はまだまだだが、投資効率は高いという。
「アメリカのユニコーン企業の数は120近くありますが、ヨーロッパは30程度にとどまっています。ですが、こうした情報はポジティブな側面も持っています。ヨーロッパのスタートアップ投資額はアメリカの10%程度。一方でユニコーンの数はアメリカの25%です」
同じくゲスト登壇者のFutuRocket株式会社 CEO&Founderの美谷広海氏(以下、美谷氏)は先日ラスベガスにて行われたCES 2018に言及し、フランスのスタートアップ「フレンチテック」の存在感が高まっていることを強調。
「最初にCESへ参加した2015年、フランスはすでに100社が参加していました。2016年には180社、2017年には260社が参加しており、今年はさらに増えていました」
フランスのスタートアップエコシステムの面白い点として「ビバテクノロジー」も挙げた。ビバテクノロジーはフランスの広告代理店・パブリシス社と経済新聞・レゼコー社が共催の、大企業とスタートアップを結びつけるイベント。大企業の抱える課題に対し、スタートアップが自分たちのテクノロジーを使いソリューションを提案するというものだ。
「それぞれの大手企業が産業にかかわるスタートアップを支援するという動きが実際に出てきている。そういう意味でオープンイノベーションの領域でもいち早く動いているのではないでしょうか(美谷氏)」
攻めと守りのオープンイノベーション
フランスではだいぶ前からCVCが普及している。2000年、独立系VCに移る前にフランスのCVCでトップを務めていたというマーク氏は、独立VCへの間接的な投資が多いことを指摘し、次のように説明する。
「独立系VCを通じ様々なスタートアップとのかかわりを広げていくことでコスト面とフィジビリティ(実現可能性)の点で有利であるといえます。まず独立系VCを通した間接的な投資の場合、CVCを作る等して直接的に投資するよりもコストは安くなります。様々なスタートアップに投資することでポートフォリオを組んだコスト管理ができるという特徴もあり、広がりを持たせられることでフィジビリティも高くなります(マーク氏)」
なかには独立系VCから投資をしていないスタートアップを紹介してもらえるケースもあるという。「もはやコアビジネスを拡大させていくといったイノベーションではなく、全く異なるイノベーションが求められています」
まったく別の方向へ大きく切り替えるイノベーションを行うにあたり、外部のスタートアップの重要度は高い。とくに自社にない技術を取り入れようとした場合、エンジニアを自社で雇うのか、それとも外部スタートアップに投資することでイノベーションを興すかといった選択が出てくる。
「社内の研究費で研究者1人を年間3,000万円で雇うよりも、300万円のシード何社かに投資をしたほうが効率はいいはず(美谷氏)」
イノベーションにはリスクもつきまとう。大企業は破壊的イノベーションを避けたい心理が働きやすい。新たな製品を生み出さなくてはならないと共に効率性、そして市場の中での存在感も必要となる。その一方でリスクにさらされており、そのリスクは変化、つまりは破壊的イノベーションのようなものをもたらす。これを踏まえると、オープンイノベーションは大企業にとって実に都合がいいものでもあるのだ。
マーク氏は「(新たな技術を)どのように管理するのかが難しい。無視することもできないがうまく付き合うのも大変です。そこで大企業はスタートアップを観察することで放置するか取り込むかという選択ができます」と話し、大企業にとってのイノベーションや変化といった脅威を指摘。オープンイノベーションは攻めの戦略でもあり、守りの戦略としての機能も持ち合わせているということになる。
シリコンバレーが起業を押し上げ
フランスを含め、ヨーロッパのスタートアップ市場は劇的に変化している。マーク氏によると、2000年代初頭からヨーロッパのスタートアップが外に開けたという。元々は国内に向いた今よりもドメスティック色の強いスタートアップが多かったが、若者を中心に教育機関発のイノベーションなどで世界でも価値を持つ独創的なスタートアップが増え、急激に国外へ拡大していった。
フランスは数学に重きを置く教育システムを持ち、ディープサイエンスに特化するには十分なバックグラウンドを持っていた。これまではビジネスに対する弱さが大きかったが、AIやIoTといったイノベーティブな分野での活躍が進むにつれ、今や教育システムが大きな武器となっている。
美谷氏は「複数要因がある」と前置きしたうえで、フランスがスタートアップに強くなっている理由として、シリコンバレー流をうまく取り入れたことを挙げた。英語が通じ、シリコンバレーのノウハウを輸入して移植しただけでなく、シリコンバレーと比較し、賃金が低いこともスタートアップ加速の一因となったという。
マーク氏はこれに関連し、当時シリコンバレーやイノベーションのニュースがTechCrunchを経由して国内に入り、GoogleやFacebookといった起業家の成功や情報が起業熱を刺激したのではないかと示唆。国内のハードウェアメーカーにイノベーションの受け皿がなかったため、ハードウェアスタートアップがその役割を担うことに。政府も支援に力を入れるようになり成長していったという。
スタートアップに向けた保証制度
フランスのスタートアップエコシステムでの政府の役割を聞かれると、「後乗りというだけで主導していたというわけではない」とマーク氏。スタートアップの成長により雇用を創出した結果、政府が新たな仕事や雇用に反応したのが発端とした。
美谷氏はCES 2018の中でもフランスの存在感は大きく、地方自治体の支援が特徴的であることを紹介。ボルドーや南仏など各地域で何チームか出展するといった支援もしており、それらを統合して「フレンチテック」というブランディングに押し上げているという。失業時の保障にも触れ、チャレンジしやすい環境になっていることを評価した。
「雇用対策のためにスタートアップやテックカンファレンスへ政府が参加するなど積極的に取り組んでいます。また、フランスという国の特徴として、忠誠心の高さが継続につながり、ブランディングの成功につながったのではないでしょうか(マーク氏)」
一方で、美谷氏は厳しい現実についても言及。政府による支援はばらまきと感じる点もあり、その中で大成功をおさめる会社はかなり限られている。5年後に生き残っている会社もそう多くないのではないかと見ているという。
「ハードウェアという性質上、利益を生むのは簡単ではありません。短期的には利益が生み出せず赤字となるのも不思議なことではありません。ただし、こうしたことを積み上げることがハードウェアスタートアップには重要ですし、長期的な視点でこれら一連の動きこそがスタートアップエコシステムの醸成に必要なのではないでしょうか(美谷氏)」
ヨーロッパのスタートアップと日本の距離
最後に、オーディエンスから他国との関係に質問が及ぶと、「アメリカと争うのは難しい。技術云々といった話ではなく資金力が違う。例えば5,000万ドルを軽く出せたりするところが多いのもあります。」
アメリカ以外で戦うとなると、中国やアジア圏に目を向けがちだが、意外にも難しいとした。文化的な距離が離れており、忠誠心の持ち方も異なるという。
その点、ヨーロッパは市場も大きく、忠誠心という意味では日本の価値観と合致する点が多い。フランスのエンジニアの給与はアメリカに比べて安く、環境も決して悪いわけではない。規制という面でも、ビットコインやブロックチェーンに対して安定するような規制を目指す国は珍しいという。去年よりヨーロッパのスタートアップも日本に対しての関心が増しており、現に日本でのイベントの参加も目立つように。
「時間もかかるだろうし言語の壁もありますが、ヨーロッパのスタートアップは利益率が高く、良い市場と言えます。日本にはチャンスがあると思っています(マーク氏)」
ヨーロッパのスタートアップと日本の結びつきが活発になる時期はそう遠くはないのかもしれない。