株式会社アドライトが主催するイベントシリーズ「Trend Note Camp」では、世界で活躍する起業家や投資家の方々に、アメリカ、アジア、ヨーロッパ、アフリカなどの最先端ベンチャーのトレンド・ビジネスモデルなどをご紹介しています。
第8回目の今回は、「エストニアの電子政府とスタートアップトレンド」。読者の皆さんはエストニアという国、聞いたことはあるけど馴染みが薄い、という方も多いかもしれません。エストニアは、実は今、スタートアップエコシステムの動きがとても活発で注目されてきています。使ったことがある方も多いでしょう、例えば、インターネット電話サービスSkypeもエストニア発のサービスです。また、エストニアおいて特に特徴的なのは、エストニア政府が全面的にスタートアップエコシステムの発展を支援しているところです。
当日は、エストニアのスタートアップ企業で長期にわたり仕事をした経験を持つ、リクルートテクノロジーズの別府多久哉氏にエストニアのスタートアップエコシステムについて詳しくお話いただきました。やはり注目度の高いエストニアがトピックということもあってか、Trend Note Campシリーズで最多の約70名強の参加者に雨のなか足を運んでいただきました。
最先端をいくエストニア政府の電子化事情
別府氏は、まず簡単にエストニアという国の紹介をした後、エストニアの電子政府システム化の取り組みを詳しくお話しました。”e-Estonia – The Digital Society”という言葉の通り、エストニアではあらゆるものの電子化が進んでいるようです。
まずご紹介いただいたのは、2002年に利用が開始されたDigital-IDと呼ばれる国民IDカード。日本で言うマイナンバーカードといったところでしょうか。Digital-IDは、15歳以上の約94%が保持するほどの普及率を誇り、あらゆる公的サービスが使えるようになっています。日本では別々に発行され保有している運転免許証、健康保険証、医療記録、鉄道の定期券、銀行のATMカードなどがDigital-IDひとつに含まれいるそうです。それ以外でも投票、納税、契約書の署名など約300以上の業務に利用できるというのですから驚きです。これを失くしたらえらいことになるな・・と思いつつその利便性はぜひ体験してみたいものです。
電子政府の実現を可能にする国家情報連携基盤
電子政府を実現の中核を担うものが、国家情報連携基盤のX-ROADです。2001年から運用が開始されており、公的サービスを初めとしたあらゆるサービスがX-ROADを介してデータのやり取りを行うような連携基盤になってます。公式ウェブサイトによると、実に900以上の企業や組織がX-ROADと連携しており1600のサービスが利用可能だそうです。
また、X-ROADと連携しているサービスの領域幅も目を見張るものがあります。Digital-IDやX-ROAD以外で別府氏からお話があったサービスをご紹介します。
e-Business Register – 会社の登記システム。なんと会社登記にかかる時間は最短18分と世界最速を誇ります。現在、新規企業のほとんどはこのシステムを活用してオンラインで会社設立を行っているそうです。
e-Tax – 税金申告システム。国税当局がX-ROADで連携されている銀行口座の情報から、給与や社会保険料などを取得して申告書を作成し、国民はチェックするのみで申請が可能となっています。これによりエストニアから税理士が消えたとまで言われるようになったといいます。
Mobile Parking – 電子駐車場管理システム。空車の駐車場検索や予約がスマホアプリまたはSMSで実施可能。決済もスマホから行えたり、Uberのサージプライシングのように、ニーズが高く自動車が集中するようなケースでは料金をコントロールすることで分散することができるそうです。
e-Polilce – 電子警察システム。モバイルワークステーションがパトカーに設置されており、該当者の住所、顔写真、電話番号、運転免許証の情報など、従来15~20分ほど必要としていた情報照会が数秒で完了できるように。また、ポジショニングシステムでは、パトカーのロケーションやステータスがリアルタイムで把握できるようになっています。
e-Cabinet – 電子内閣システム。閣議前に大臣らがシステム上で議題を確認し、異論がない議題に関しては議論せずにスキップしたり、オンライン参加も可能になっています。これにより、実施時間の大幅短縮が実現しました。
i-Voting – 電子投票システム。2009年に世界発の国政選挙の電子投票を実施。物理的に投票する必要がなく海外からの投票も可能であり、2015年には116か国に散らばったエストニア国民から投票が行われました。これに対してエストニアの首相は、海外の知見も持った有権者が投票できることに対して理想的な形であると考えられているようです。
e-School – クラウド学習プラットフォーム。日誌管理、出欠管理、宿題や課題の進捗管理、行事スケジュールなどの管理、共有が可能。学校での活動が透明化されることで、教師と保護者との距離も近くなり、また、教師は授業に専念できるようになっています。
e-Health – 電子医療プラットフォーム。エストニア国民の出生から死亡までの医療記録が自動的に保存、管理されています。保険管理システム、画像管理システム、予約管理システム、電子処方箋などが主軸となるシステムとなっているそうです。
別府氏にご紹介いただいたこれらのサービスはごく一部であり、他にも電子化が進んでいるというのが驚きでした。
電子政府とエストニアスタートアップの未来
続いて、別府氏は、今後の電子政府の展望についてお話してくれました。一言でいうと”Government-as-a-Service”と表現した別府氏が紹介したのはe-Residencyと呼ばれる外国人向け電子政府サービス。移住権を持たない外国籍の方でも、国民IDカードを保持してエストニアの公的プラットフォームを活用できるようにする試みです。なんと当日の参加者の中にも、e-Residencyを活用している方がいらっしゃいました。
その後、注目スタートアップを紹介。前述の通り、Skypeがエストニア出身企業であることから、Skype卒業生からなるネットワークがあり、Skype Mafiaと呼ばれています。このSkype Mafiaがスタートアップ界隈でキープレイヤーとなっており、彼らによって立ち上げられたスタートアップ企業が40社以上あるそうです。オンラインプラットフォームのDEEKITや海外送金プラットフォームのTransferWise、また、農業マネジメントシステムのVital Fieldsなど、これは一部ですが他にも面白い取り組みを行っているスタートアップ企業をご紹介いただきました。
政府の積極的に支援しているところも特徴的であり、政府系VCが存在したり、スタートアップビザを外国籍の起業家に発行していたり、また、Latitude59といったエストニア最大のテックカンファレンスの運営までも手掛けているそうです。
様々な質問が飛び交ったディスカッションタイム
その後、弊社代表木村ファシリテーションのもと、パネルディスカッションが行われました。まずは木村からの質問タイム。エストニア国民の皆さんのITリテラシーについて、X-ROADなどのシステムを開発しているのは大手ITベンダーが行っているのか、などについて。その後参加者の皆さまから、海外からの起業家の有無について、エストニアの移住環境と住みやすさや国民性について、電子投票は匿名じゃなくて嫌がる国民もいるのではないか、エストニアに関する情報収集の方法、現地の現金決済の利用頻度、エンジニア人材はエストニア国内なのかオフショアしているのか、歴史的な背景からくるカントリーリスクについて、など、多種多様な質問が別府氏に投げかけられました。
白熱したディスカッションがスタートアップ界隈の皆さまのエストニアに対する関心度の高さを物語っていました。
その後、ネットワーキングと名刺交換が行われ、Trend Note Camp史上最多の参加者を集めた第8回は大盛況のうちに幕を閉じました。
最後に
いかがでしたでしょうか。エストニアの人口は約130万人と青森県ほど。それに対して国土は九州と同じくらい。この国から毎年1社ほどエグジットするスタートアップ企業があるそうです。また、政府における電子化という面で日本政府はかなりビハインドというところでしょう。日本の国民性を鑑みた時に同じことが日本でできるかは賛否両論ありそうですが、グローバリゼーションとデジタル化の波に乗り今後このような取組みを行う国も増えてくるのではないでしょうか。