ここまで浸透しているのか——。5月11日、一般社団法人ニューメディアリスク協会主催のもと、東京・神田にて行われた「仮想通貨・ブロックチェーンフォーラム2018 —通貨、ICOで沸くフィンテック分野におけるリスクマネジメント最前線—」は、平日14時開催にも関わらず、準備していた300席が満席になるほどの人気だった。特徴的だったのは、技術イベントには珍しく、一般客と見られる層が多数参加していたことだった。
仮想通貨と実際の通貨の違い
フォーラムでは、決済システムの変化、スマートコントラクト、ICOが焦点となった。
株式会社bitFlyer 代表取締役・加納裕三氏は、一通り仮想通貨の特徴を説明した後、実際の通貨との違いとして「電子化」を挙げた。インターネットの発展で様々なモノが電子化され、情報伝達コストが限りなくゼロに近づいたが、現金はコピーされてはならず、所有権の移転が必要になるという点から電子化しきれなかった。それが、「トークン」という概念により、現金をはじめとした電子化が難しいとされていたものを簡単に実現可能にした。その範囲は宝石や土地、時間やスキル、信頼まで及ぶ。
また仮想通貨の取引では、海外送金も低額の手数料で済み(注:取引所や仮想通貨の種類により異なる)、現地通貨への両替も不要だ。価値を定義するという意味で仮想通貨、トークン、スマートコントラクト、あるいはブロックチェーンという技術は大きな意味を持つのだ。
便利さの裏に潜むリスク
仮想通貨の文脈で頻出するのが「スマートコントラクト」だ。これは契約の自動化を意味する。DMM.comラボ・スマートコントラクト事業部の可嵜長門氏と篠原航氏はスマートコントラクトの革新性を「コピーや改変のできないデジタルデータの実現や自律分散型システムにある」とした。前述のとおり、プログラムを自動で実行するという性質を持つため、人が確認する必要がない。ここに大きな可能性を秘めており、仮想通貨と引き換えに何かを即時に手に入れることも容易にできる。
しかしながら篠原氏はこの仕組みに穴があると指摘する。一見、ただのプログラムにすぎないが、簡単に書き換えられないというのは、裏を返せば不変性を持っている。つまり、「意図しない挙動で多額の資金を失うリスクがないとは言えない状態です」というのだ。
実際、バグを狙って巨額の資金を盗み出されたDAO事件やERC20の桁数のバグなどが挙げられた。対策として「テストネットへのデプロイや、通信を仲介するコントラクトを用意することで通信先の変更を可能にするという手段が有効と思われます」と篠原氏は説く。それとは引き換えに、変更不可能であるという点に安全性があるという本来の良さを失う可能性も示唆した。
グレーゾーンなICO
2017年、仮想通貨で資金調達を行うICO(Initial Coin Offering)が過去最大の記録したが一筋縄ではいかない部分がある。それは、詐欺に遭う可能性は否定できないということ。簡単に調達できる分、得たICOを持ち逃げするような事件が世界中で起きており、その行為がなくともプロジェクトが頓挫する事態に発展するケースもあるという。
そして、次に気を付けなければならない点が法制上の問題だ。AnyPay株式会社 ICOコンサルティング事業部・山田悠太朗氏曰く、「通貨を法律で定めているため、仮想通貨としてトークンを扱うべきなのか、それとも有価証券として扱うのかという点で議論になっています」という。
仮想通貨交換業者の間でもこの状態を危惧する声が上がっている。ビットフライヤー代表取締役の加納氏はICOに関する問い合わせはかなりの数を受けているという現状がある一方で、法制上どのような扱いになるかの判断が難しいため現在はすべて断っているとのこと。
ビットポイントジャパン 代表取締役・小田玄紀氏は日本のこうした姿勢が悪い方向へ進んでいると指摘する。「昨年、『改正資金決済法』を定めたということで、日本は仮想通貨業界から注目されていました。ですが、最近開示された、取引所の登録制度における審査基準を見る限り、日本で何もできないことがわかり、既に相手にされていない状態になりつつあります」。
リスクの認識とリテラシー
では、リスク面ではどうか。ブロックチェーンフォーラムの最後に行われたパネルディスカッションにはモデレーターとして一般社団法人ニューメディアリスク協会理事長中村伊知哉氏、パネラーとして金融庁 監督局 審議官・水口純氏、アンダーソン・毛利・友常法律事務所より日本仮想通貨事業者協会の顧問弁護士を務める河合健氏、株式会社ビットポイントジャパン 代表取締役・小田玄紀氏、AnyPay株式会社 ICOコンサルティング事業部・山田悠太朗氏、株式会社Aerial Pertners 代表・沼澤健人氏が登壇。議論のポイントとなった「保管場所」「税務」「人材不足」「法規制」について紹介したい。
保管場所
コインチェックのNEM流出問題が記憶に新しいが、この一件でインターネットから分離した「コールドウォレット」や秘密鍵を分散管理する「マルチシグ」への議論が及んだ。「取引所に任せるのは危険。だから自分で管理すべきかというとそうではありません」と指摘するのは、ビットポイントジャパンの小田氏。これは銀行に預けるかタンス預金かの違いしか生まず、自分で管理する場合には、復元フレーズがわからなくなると引き出すことはできない。仮想通貨を保証する人が誰もいないというリスクも起こる。
加えて、コールドウォレットからホットウォレットに移す段階でのセキュリティリスクもあり、必ずしも安全というわけではない。一概にどれが良い悪いとは言えないものの、信頼できる取引所での取引、管理は比較的リスクも少なく安全なのではないかとのことだ。
税務
税務面の問題は特に難解だ。仮想通貨では売買以外にも様々な取引が存在する。ICO、マイニング、ハーベスティング、レンディング、少額決済など複数の経済取引が絡む。税理士をもってしても処理が難しく、申告したいのに申告できないという状況すらあるのだという。さらには投機、投資、実需など目的も様々で、分離課税が難しい状況でもある。一定の額まで課税をしないという枠も現在はないため、ユーザーは仮想通貨を使った時点で利益確定とみなされ、全員が確定申告しなくてはならないという事態になってしまう。
便利であるといわれる仮想通貨だが、確定申告とどう付きまとえば老若男女問わず使える決済手段としての発展は厳しいのではないだろうか。
人材不足
制度面の問題だけでなく開発面の問題も抱えている。国内のブロックチェーンエンジニアは圧倒的に不足しており、早急な育成が必要とされている。ブロックチェーンエンジニアが多い中国やロシアから人材を獲得する動きもあるという。ただしそれだけではコストも嵩み、十分な数を確保できるとも限らない。Hash Hub(東京・本郷)や、Neutrino(東京・渋谷)のようにブロックチェーンに特化したインキュベーション施設やコワーキングスペースを設けるなど場づくりも欠かせない。
法規制
マウント・ゴックスの経営破綻や仮想通貨によるマネーロンダリングへの対策などネガティブな話題が持ち上がるなか、改正資金決済法が施行されたのは昨年4月。まだ1年しか経っていないということで法令そのものの実態を把握する必要もあるという声もある。ICOを含め、今後も議論が進むのは間違いないが、河合氏は「ようやくコアな部分にまで議論が及ぶようになったという感覚です」とコメント。
ほかに、自主規制団体として日本仮想通貨交換業協会が中心となり自律的ルールを設け、法令とうまく組み合わせる必要性があるという意見が挙がった。こうした柔軟なルールを作ることで、法令でフォローしきれない部分についてもコントロールできる可能性が出てくる。ブロックチェーンに限らず、新たな技術に関してはこうした取り組みや団体が大きな影響力を持ってくるかもしれない。
水口氏は、ブロックチェーンは応用面を含め非常に重要な技術であるとしたうえで、「こうした有識者の声を基にICOやトークンについてのメリットやデメリットを検討し、幅広い観点から実態を掴んでいきたいです」と話した。
取材を終えて
フォーラムを通じて仮想通貨やブロックチェーン技術の可能性を再認識した一方で、ブロックチェーンを効果的に用いることの難しさも知った。目的を持ち、セキュリティも相当にケアしながら見ていく必要がありそうだ。
エレベーターで乗り合わせた一般客と見られるシニアグループの会話が聞こえてきた。「今日の内容は簡単だったね。途中で眠くなっちゃったよ」。こうした会話が至る所で行われる日は遠くないと思われるが、正しい理解と整備にはもう少し時間がかかりそうだ。
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