10月1日、弊社アドライトはイベント「Trend Note Camp #22『YC Summer 2019から紐解くスタートアップ新潮流』」をFINOLAB(東京・大手町)にて開催した。
海外の最先端ベンチャーのトレンドやビジネスモデルなどを学ぶことを目的としたイベント「Trend Note Camp」。22回目の今回は、今年の8月にシリコンバレーにてDemo dayが開催されたY Combinator(以降、YCと表記)による「YC Summer 2019」を取り上げた。
今回のゲストスピーカーは、m&s partners Pte. Ltd. Founder/Directorの眞下 弘和氏、株式会社WiL パートナーの久保田 雅也氏、株式会社DGベンチャーズ Managing Directorの上原 健嗣氏。米国でも積極的に投資活動を展開する3名がYC Summer 2019のトレンドや注目のスタートアップを紹介した。
選ばれしスタートアップのお披露目会 YCのDemo day
冒頭、木村よりYCの概要説明があった。
YCは、カリフォルニア州マウンテンビューに本社をもつ米国でトップのシードアクセラレータだ。多数のスタートアップに少額の投資を行い、メンタリングの機会を提供している。各回はbatchと呼ばれ、1月から3月に開催するWinterと、6月から8月のSummerの年2回ある。YCによる投資と指導を受けられるのは応募書類の中から厳選されたスタートアップで、過去参加企業にDropboxやAirbnb等メガベンチャーも含まれる。
batchの集大成として毎度Demo dayも開かれる。各社2分のピッチが登壇企業分(100数十社)あり、招待された投資家やメディア関係者が2日間ひたすら聞き続け、投資の合図として拍手を贈る。
YC Summer 2019のDemo dayは、前回同様サンフランシスコのPier 48で開催された。参加企業数はWinter 2019より少ない174企業で、12,000以上のApplicationの中から選ばれた。27ヵ国からの創業者が参加し、うち38%は米国外だ。ラテン系や女性の創業者も多く、多様化が進んでいるようだ[参加チームはTechCrunchですべて公開されている(1日目, 2日目)ので参考にして欲しい〕。
木村曰く、最近のDemo dayはスタートアップが増え続け、YCのプログラムも多様化。参加スタートアップのバリュエーションも増加(投資フォーマットSAFEによるCapで判断し、時価総額10億円以上の企業が大半に)している。一方、これまで見たことないような新規のビジネスモデルは減少、旧態依然とした産業を狙ったものが多いようだ。
B2Bソフトウェア全盛。姿を消したVR、モビリティ、音声インターフェイス、IoT
久保田氏も同様の見解だ。YC Summer 2019では尖ったビジネスが減り、地に足のついたスタートアップが増えたと感じたという。かつてトレンドだったVR、モビリティ、音声インターフェイス、IoTなどは見られなくなり、B2Bソフトウェアが増加。また米国外からの参加も多かったものの、中国勢は少なかったと指摘。代わりに、南米やインドからのスタートアップの参加が目立ち、彼らはユニコーンのタイムマシンモデルが多かったとのこと。
YC卒業企業でもシリーズAに到達できるのは全体の約3割。スタートアップの競争環境は激しさを増している。時価総額が上がっているように見えるのは、ポストマネーベースでバリュエーションが語られることが多くなったためであり、特に上がっているわけではないと説明していた。シリーズA以降の投資家がアーリー投資に参画していたなど「いい感じでお金が回っている」風景も見られたが、金余りによる過熱感(バブル気味という意味でflossyなどと表現されるそう)も感じたそうだ。
打倒 Uber/Lyft
久保田氏が紹介した注目のスタートアップは以下の通り。
〇 Nomad Rides
”Kill Uber/Lyft(打倒 Uber/Lyft)”を掲げる手数料無料のライドシェア。ドライバーは月25ドルをNomad Ridesに支払うと、売上の100%を受取ることができる。
現在、UberやLyftなどのライドシェアサービスに対して、高額な手数料などが原因でドライバーの反発が強まっている。今年9月には、Uberなどのドライバーなどを請負労働者ではなく従業員として扱うよう企業に義務付ける法案がカリフォルニア州で成立し、話題となった。このような状況において、Nomad Ridesは「『ドライバーの生活苦しい』+『Uber/Lyft側はドライバーがいないとサービス提供できない』というペインポイントをついている。久保田氏曰く、『まずドライバーを集めよう』というビジネスモデル」。
〇 Ever Loved
儀場、墓地、棺などを比較できるウェブサイトや葬儀費用のクラウドファンディング、メモリアルウェブページの作成を通じて、大切な方を亡くしたばかりの方を支援。クラウドファンディングの手数料が収入となっているそうで、久保田氏曰く「このように隠れた形のFinTechが増えてきた」とのこと。
〇 Tandem
Web会議室Zoomのリモートワーカー向け版と言えるサービス。簡単な操作で起動でき、主要なエンジニアツールが接続され利用可能なのが特徴だそうだ。生産性改革(日本でいう働き方改革)に関係したサービスが増えており、これもその一つとのこと。
〇 Juno College
1ドルで受講できるプログラミングスクール。ISA(Income Share Agreement)というビジネスモデルが特徴で、ある程度稼げるようになったら2年間は年収の一部をJuno Collegeに支払う仕組み。アメリカでは高額な学費が社会問題化しているが、ISAはそれに対する解決案のひとつ。久保田氏曰く「教育のデットからエクイティへ」とも形容できる試み。
〇 Legacy
家庭で手軽にできる精子の検査、保存サービス。精子の数は過去40年で半減しており、あと40年でゼロになるという調査もあるそうだが、そうした中、精子を保存したいというニーズに応えようとしているのがLegacyだ。カスタマーライフタイムが長いのが特徴であり、料金体系は毎年料金を払うサブスクリプション型になっている。主に冷凍保存のためのコストしかかからないため、利益率は80%にもなるそうだ。
〇 AudioFocus
騒音が激しい場所でも相手の会話が聞こえる補聴器。補聴器の市場規模は大きく、日本に親和性が高いかもしれないとのこと。
進む地球のフラット化
上原氏は、まず全スタートアップの領域について言及した。割合でみるとB2B向けSaaSで約4割、FinTechとヘルスケアで約3割だったが、予想通りSaaSが多めだったとのこと。FinTechについては、学生ローンのリファイナンス関連が多かったそうだ。久保田氏同様、タイムマシンモデルが多く見られたことも指摘。38%にものぼる米国外からの参加者の中にはエジプトやウクライナから来た創業者も見られ、「地球のフラット化」がスタートアップの世界でも起きていることを実感したそうだ。
小売りのairbnb
上原氏が紹介した注目のスタートアップは以下の通り。
〇 matagora
「シンプルに言うと『小売りのAirbnb』」(上原氏)。おしゃれな小売店の棚などを様々なサプライヤーが利用できるようになるサービスを提供。「アセットライトなビジネスで、ビジネスモデルがきれい」と評価。
〇 Nomad Rides
久保田氏も注目スタートアップとして挙げていたNomad Rides。UberやLyftの赤字が止まらない理由がドライバー獲得コストであることから、それをビジネスモデルで克服しようとしている点を評価していた。
〇 Preclusio
個人のデータがどのように分散されているかを可視化できるサービスを提供。GDPRの価値観をシリコンバレーに持ち込んでいるところが面白いと評価していた。
〇 LUCID
ドローンを使った家の掃除を提供。アメリカにおいてビジネスとして大きくなりそうとのことで取り上げたそうだ。
〇 vitau
薬のデリバリーを行う南米の企業。インドでは既に薬のデリバリービジネスは成功して拡大しており、vitauもスケールするだろうと上原氏は予想した。今回多く見られたタイムマシンモデルのひとつ。
中国の経営者とともにインドを攻めるのが最近のトレンドのひとつ
過去6年間、YCのDemo dayに参加し続けている眞下氏。今回のbatchでは以下の5つの潮流に注目していたそうだ。
潮流1:Edu-tech大学関係& Fintech
潮流2:中国発のBig Wave to インド
潮流3:インド
潮流4:eSports ゲーム/エンタメ
潮流5:B2B
そして、それぞれについて興味深かったスタートアップを紹介していたので、以下でそれらを紹介していきたい。
潮流1:Edu-tech大学関係& Fintech
〇 Scholar Me
リファイナンス。「大学ファイナンスの選択肢を提供し、学生が就学に必要な資金調達ポートフォリオ管理をサポート。ユーザーの人生設計に役立ち、米国の学生ローン問題の解決に役立つ」と眞下氏。トータルポートフォリオリオマネジメントのツールを学生の時から提供し、更に奨学金を獲得する努力をさせる点を評価していた。マーケットニーズは相当あるだろうとのこと。
〇 Sable
アメリカに来た留学生に対するモバイル銀行。
〇 Prenda
自宅での子どもの学習支援。日本の公文のやり方と同じで、非常に有望とのこと。
潮流2:中国発のBig Wave to インド
「中国の経営者とともにインドを攻める」のが有効なアプローチの一つらしく、最近のトレンドの一つだそうだ。
〇 Mela
インド版Pinduoduo。
潮流3:インド
〇Khabri
インドのPodcasts。動画が主流の世界になっているが、仕事中など、ずっと画面を見られる人は実は少ないため、Podcastのニーズはまだまだ高いとのこと。
〇 MyPetrolPump
B2Bの燃料デリバリー。インドでは燃料デリバリーが非効率であり、今後大きな成長が見込めるとのこと。
潮流4:eSports ゲーム/エンタメ
景気の先行き感が悪くなってくると消費者は高額な出費を控え、エンタメにより多くのお金を使うようになる傾向があることから、「これからeSports ゲーム/エンタメか?と思ったら、実際多かった」と眞下氏。
〇 Figments
eSports
〇 Athlane
eSports
〇 Fad Mania
group game
〇 Zenith
マルチプレーヤー
〇 MoFE
VRベースDisney
潮流5:B2B
突拍子のないアイデアはなく、既存のサービスを改善したものが中心になっている。そのため、既にある程度プレゼンスを出している企業がYCに来るようになっているそうだ。
〇 Embrace
アプリのパフォーマンスモニタリング。米国の錚々たるIT企業が既存のクライアントであり、すでに数十億円の売り上げを上げているそうだ。
〇 Business Score
信用審査、事業承認。ニーズは高く、中国で伸びていることを考えると、アメリカでも伸びるだろうと眞下氏は解説していた。
仁義を尽くす
最後にYCの魅力を尋ねられると、「1社1社が粒ぞろいであること(久保田氏)」「YCは目指すべき理想のアクセラレーター(上原氏)」「アメリカで起業する場合、シリコンバレーのメリットは減ってきた印象が強いが、それでもYCはまだまだ有益(眞下氏)」と一様に前向きのコメント。眞下氏はさらに「仕組みが素晴らしく、ITテック系のトレンドも掴める。加えて、失敗したら後は野となれ山となれというベンチャー企業が多い中、投資家に対し『仁義を尽くす』スタートアップが比較的に多いのもYCの素晴らしい点」と補足した。
ゲストスピーカー3人から魅力的なスタートアップの話を聞いているだけで知的好奇心が刺激され、Demo dayの熱を感じられるような会だった。今回紹介したYC Summer 2019のスタートアップの中には、数年後に世界に大きなインパクトを与えているものもいるかもしれない。将来が楽しみだ。