去る8月28日、東京21cクラブ(東京・丸の内)にて株式会社アドライトは「Mirai Salon #13 – 人が集まり事業が生まれる仕組み・仕掛け」を開催した。
目まぐるしく変化する市場に適応していくには、新しいアイデアや視点、技術が必要なことは自明であり、大手企業を中心にアクセラレータープログラム等のオープンイノベーションを取り入れるようになった。またCVCのようにスタートアップへ投資を行うことはもとより、ビジネスにおける出会いを促進する目的でコワーキングスペースやシェアオフィスを設けるなど、環境整備をセットにして推進するケースも増えつつある。
当イベントの会場である「東京21cクラブ」は、三菱地所が手がける施設のひとつであり、新たなビジネスを創造しよう、成長させようというスタートアップ、国内外の成長企業や大手企業を中心としたオープンイノベーションコミュニティという形で、会員制ビジネスクラブとして運営されている。
三菱地所は、最先端のスタートアップ企業の誘致を継続する一方、世界有数の企業集積を活かし、国内大手企業との連携機会の演出、各種実証実験の取組み等、丸の内エリアならではのオープンイノベーションフィールド構築を推進しているとのことだ。
今回は、この世界有数のビジネスエリア丸の内に立地する事業成長の拠点で、多種多様なキャリアを持つ4人のスピーカーが事業創出の仕組み・仕掛けについて語ってくれた。
「ワタシから始めるオープンイノベーション」とは
トップバッターは、内閣府 知的財産戦略推進事務局 バリューデザイナー・宇津木達郎氏。宇津木氏は、日本が目指すべき価値をデザインし、日本企業の産業競争力を強化するための政策を立案している。彼は“オープンイノベーションの鍵は個人の内発的動機の発露にある”とする政府の知的財産戦略本部の報告書「ワタシから始めるオープンイノベーション」(価値共創タスクフォース報告書)の起草者でもある。
講演の中で彼は、この価値共創タスクフォース報告書をもとに、冒頭では価値観の「制約」による社会発展から価値観の「解放」による社会発展モデルの変化の必要性を説いた。
要約すると、個人が組織・社会・国家の器官として均質な価値観の基に機能することで経済的価値を追求していたのが「20世紀型モデル」であり、個人の多様な価値観が社会に解放され、組織・社会・国家をその実現器官として活用することで多様な価値を実現するのが「21世紀型モデル」ということになる。
このモデルは目指すべきオープンイノベーションの姿と一致するという。オープンイノベーションの方法論が確立された昨今、教科書通りのプロセスを踏むことで組織が環境を整えることはできる。しかし宇津木氏は、個人の動機やマインドが等閑視されたままでは、経営層、組織、個人が連携せず方法論だけが上滑りし、やらされ型で形式だけの「エセオープンイノベーション」になりがちであると警鐘を鳴らす。
「実質的なオープンイノベーションとは、内発的動機(ワタシ)を起点として、画一的でない価値観を有する者同士が大きな目的を共有し、互いに資源を持ち寄って社会から共感を得られる革新的な価値の創造・提供を通じて行う、社会変革を伴う活動です」
宇津木氏は、社会にインパクトをもたらすオープンイノベーションにするには、個人の内発的動機に基づく主体的な取組を創発するよう組織を変革し、そこに関わる人のマインドセットを変える必要があると強調した。
商社が興すイノベーション創出とは
続いては、住友商事株式会社 デジタル事業本部 新事業投資部 部長代理・蓮村俊彰氏。中国や米国で展開されている、IoT、ロボティクス等のハードウェア関連スタートアップに特化したアクセラレータープログラム「HAX」の日本版「HAX Tokyo」を、HAXを運営するベンチャーキャピタルSOSV社や住友商事グループのITベンダーであるSCSK社とともに立ち上げた。
FINOLAB等のFinTech領域、クラウドファンディグを活用した事業の開発、事業構想コンサルとして多種多様なプロジェクトに携わってきた蓮村氏は、「HAX Tokyo」の立ち上げ・運営に参画しており、なぜ海外のアクセラレーターを“輸入”したのか語ってくれた。
「住友商事は長い間CVCをやってきましたが、更にスタートアップとのオープンイノベーションを加速させる新しいことをやろうという方向性がありました。今まで以上に、スタートアップの側から来てくれる仕組みを考えたというのが始まりです」
本仕組みがハードウェア領域に注力している点について「総合商社はメーカーとともに育ってきた、育ててもらった存在とも言えるので、その領域でイノベーションを興したいという意識はあります。近年日本から新たな世界的メーカーが生まれていないという実感がある中で、HAXと出会いました」と説明する。
HAXが日本を選んだ理由については、母体であるSOSVがもともと日本人の性質、技術力、ポテンシャルを評価していたという背景があったという。「HAX」において日本からの応募も採択も少なかったことが「逆説的にそんなはずはない、もっとできるはず、一緒にやっていこう」というポジティブな方向に向かったようだ。
また人が集まり事業が生まれる仕掛けとして、住友商事は組織や産業の垣根を超えたさまざまなカラーを持つプレイヤーが出会い、交流し、新しい価値を生み出していくオープンイノベーションラボ「MIRAI LAB PALETTE」(東京・大手町)を手がけている。
招待制コワーキングスペース、インスピレーションを刺激するプロジェクトルーム、共創のハブとなるオフィス&テックラボ、スタートアップ支援アクセラレーター、ショーケース、映像制作スタジオと、コンセプチュアルかつ充実した設備・施設である。
総合商社が手がけるオープンイノベーションからどんな出会いがあり、新しいビジネスが生まれるのか注目したいところだ。
三菱地所におけるオープンイノベーションの取り組み
大手企業におけるオープンイノベーションというテーマで登壇したのは、三菱地所株式会社 新事業創造部兼DX推進部 主事・那須井俊之氏。主な業務は、スタートアップ、大手企業との提携・協業や新事業立上げ、既存事業のデジタル技術を活用した変革だ。かつて新築マンションを分譲するだけのビジネスモデルではもったいないと思い、「買い取り再販事業」を立ち上げた経験ももつ。
那須井氏は、冒頭で不動産業界が置かれている状況に触れた。
「三菱地所は国内の総合不動産業界においては時価総額トップクラスではありますが、WeWorkやAirbnbといった新興不動産テック企業やGAFAなどが参入してきている中で、危機感を覚えますし、変革していかなければならないと感じています」
不動産という柱を生かした取り組みとして同社は、先述したオープンイノベーションコミュニティやシェアオフィス等の運営はもとより、丸の内エリアを先端技術・テクノロジーを活用した実証実験の場として提供している。大手企業とスタートアップ・官・学が連携して社会課題を解決することで、グローバルなマーケットに向けたイノベーションの創出を支援している。
また那須井氏が所属する新事業創造部は、不動産テック、AI/ロボティクス、プラットフォーム、インフラ/PPP/PFI、健康/食・農業/バイオ、観光/インバウンド、再生可能エネルギーという7つの領域に注力し、VC各社と連携しながら100億円を超える出資を行っているという。
出資先との協業に関しては、場の提供のみならず、オンデマンドデリバリー、警備ロボット、収納ビジネス、シェアリングエコノミー、不動産取引IT化と幅広く、新事業においてもユニークで、20代の女性社員がCEOを務めるマインドフルネス・メディテーション事業や高付加価値農業事業などがある。
既存のビジネスモデルにとらわれず、業界最大手こそが変革者とならなければならない、という気概を感じさせるプレゼンテーションだった。
スタートアップ目線でのオープンイノベーション
プレゼンテーション最後は、エルピクセル株式会社 代表取締役・島原佑基氏。同社は独自のアルゴリズム、最先端のAIを活用した生物画像の解析技術等を活用し、大手企業とのオープンイノベーションを実現してきたが、企業からの出資、医療機関との共同研究、行政へのアプローチ等の実績を挙げる中で以下の気づきを得たという。
・大きな組織も、結局ひとりの「人」が動かす
・ビジョンに共感できる「人」が重要
・評論家が評価しやすいような「型」だけには意味がない
島原氏は「スタートアップの立場で大手企業を組み先として考えるとき、まず相手が同じ目線で見てくれているかが大切です。それから会社に言わされているのではなく、個人としてやりたいと言ってくれるか、そしてワクワクしながら話し合えるかどうか。」と話す。
島原氏は以前、東京大学内のインキュベーションオフィスを利用していた。心地良さを感じていたものの、パートナーの来訪や採用周りで使い勝手に難があり、商談の数も少なかったという。そこでSAP、三菱地所が共同で手がけた大手町にあるビジネス・イノベーション・スペース「Inspired.Lab」に移ったというエピソードを語った。
「理想的な展開で繋がり、プロジェクトが生まれる、ということは稀ではありますが、ナレッジの共有・周囲からの刺激があるだけでもバリューを感じますし、ミートアップイベントなどソフト面のサポートがあることは大きいです」
パネルディスカッション
講演後、登壇者4名がパネラーとなり、アドライト代表・木村がモデレーターのもと、ディスカッションが行われた。本稿では、イベントの主題である「人が集まる事業が生まれる」にフォーカスしたQAを紹介したい。
ひとつめは、インキュベーションオフィス、コワーキングスペースという設備面だけでなく、ソフト面ではどんなことをすると良いか、人と人をどう繋げているのか、という質問である。
那須井氏は、「自然に会話が生まれる、気軽に触れ合うことができる場づくり、様々なイベントを企画することでしょうか。他社さんとの比較の中で、『なぜ三菱地所は同様の施設を全国展開しないのか』とよく聞かれます。それはイベント運営やコミュニティ形成の座組みをしっかりと行いたいと考えているからです」と回答した。
一方、入居者の立場で、島原氏は享受しているメリットについて語った。
「シェアオフィスは世の中に沢山あります。自前でつくってもいいと思ったこともありましたが、Inspired.Labのソフトの面に魅力を感じて入居しました。井の中の蛙にならない環境があるのはモチベーションに繋がりますし、入居企業は恵まれていると思います。」
さらに、蓮村氏はオフラインでやる意味について強調した。
「コワーキングスペースのコミュニティマネージャーのような立ち位置でその界隈のことをよく知っている人がいることが大切なんです。採用でもビジネスパートナー探しでもSNSでもある程度はマッチングできますけれど、その人をハブにすればリファラルで話が進みやすいです。」
もうひとつは、働き方改革、リモートワークが進む中、いろんな人が集まって仕事をする価値は何かという質問があった。これに対する蓮村氏の回答が興味深かった。曰く、仕事には「レイバー」「ワーカー」「プレイヤー」「クリエイター」という4つの働き方があり、この中で働き方改革の対象となるのは、レイバー(工場などで働く人)とワーカー(ホワイトカラー)だという。
一方、プレイヤー(スポーツ選手など)、クリエイター(アーティスト)は、管理されているわけではない。組織には所属しているけれど、技術を磨き、個人として勝負する人たちである。
「オープンイノベーションにあてはめて考えたとき、大手企業の人がやらなきゃいけないのは、自分の顔と名前を覚えてもらい、この人は何をしたいのかをインプットしてもらうことだと思っています。住友商事の人ではなく、『蓮村』として認識されることがスタートライン。Face to Faceに勝るインターフェイスはないです」(蓮村氏)
宇津木氏は蓮村氏の話をふまえ、独特の表現で持論を語る。
「私はレイバー、ワーカーという括りがなくなればいいと思っています。全員がプレイヤーになり、クリエイターになり、自分が人生でやりたいことをやれればいい。会社や組織は器として場を提供すればいい。むしろ、働き方改革という言葉が存在しない社会を目指したいです」
人の集中力が低い時はオフィスに滞在している時だと言う。それなら作業をしに出勤する必要はなく、出会うために仕事をしにいき、作業するために家に帰ればいい。「“仕事が終わって新橋に飲みにいく”のではなく、新橋的なところに仕事をしにいけばいい」という発想は、斬新なようでその実、本質的である。
人は視覚、聴覚以外のものを総動員して体験しているわけで、目の前で展開されているこのトークそのものが、オンラインでは実現されない種類のものであることを証明している、そんなディスカッションだった。
取材を終えて
当イベントのタイトルにある「人が集まり事業が生まれる」という部分でいうと、誰が、どこに、どのようにして集まるかが重要であると感じた。
人と場所はセットであり、そこに人々が集まるのには理由がある。宇津木氏が指摘していたように、確かにオープンイノベーションという言葉ばかりが先行して「エセオープンイノベーション」が流行ってしまうきらいがあるものの、適切なマッチングを行える場や仕組みがあれば、形にある確度は上がるだろう。
これから場毎にどんなビジネスが生まれるのか期待せずにはいられない。