VUCAと呼ばれる時代において、企業の生き残りをかけた戦いは激化している。それは日本の大企業においても例外ではなく、いかにイノベーションが起こせる組織を作れるかが喫緊の課題だ。その中で、近年注目を集める経営手法が「両利きの経営」である。
「両利きの経営」とは、既存事業の深掘り(Exploit)と新しい事業機会の探索(Explore)を並行して進める経営手法である。このアプローチは、変動の激しいVUCAの時代において、組織の持続可能な成長に不可欠とされている。
本記事では、2023年12月に弊社主催で行われたウェビナー「新規事業を成功に導く次世代リーダー育成」の様子をご紹介する。本ウェビナーでは「両利きの経営」の実践例としても知られるAGC株式会社から技術本部企画部協創推進Gマネージャー烏山 純一 氏をゲストに迎え、「社内でのイノベーションを牽引するようなリーダーを生み出すにはどのようにすればよいのか」自身の経験などを元に語っていただいた。
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登壇者の紹介
烏山氏は、1991年に事務系の総合職としてAGCに入社。サンフランシスコ大学ビジネススクールへの社費留学によるMBA取得や、スタートアップとのオープンイノベーション、海外スタートアップのM&Aとその後のCEOとしての会社経営やPMIの経験を経て、現在は国内研究所内のオープンイノベーション拠点を活用した他社との協業のコーディネートや、次世代リーダーの育成に尽力している。その豊富な経験から、新規事業に求められるリーダーの育成方法について語っていただいた。
日本を代表する「両利きの経営」実践企業AGCとは
AGC株式会社は、時代の変化に合わせて独自の素材とソリューションをグローバルで提供する日本の大企業である。特にガラス、化学品、エレクトロニクスやライフサイエンスの分野で高い評価を得ており、革新的なアプローチを通じて市場をリードしている。
同社は、長期経営戦略として「2030年のありたい姿」を定めており、持続可能な社会の実現と未来志向の価値創造を重要な理念として掲げている。これは「両利きの経営」という経営手法にも反映されており、既存事業の強化と新規ビジネスチャンスの探求を並行して進める戦略を取っている。
「つなぐ、発想する、試す」を実現するオープンイノベーション拠点AO
AGCでは横浜市鶴見区のガラス工場跡地に国内の研究施設を集約し、協創によるオープンイノベーションを実現する拠点であるAGC Open Square (AO)を設けている。
AOでは、「つなぐ、発想する、試す」というサイクルでオープンイノベーションを推進している。
「つなぐ」段階では、AGCの技術や取り組みを展示するギャラリーやパークがあり、これらの空間を活用して、異業種や異文化のパートナーとの接点を生み出している。「発想する」段階では、4階のスタジオでAGCの技術を直接体感することができ、パートナーと共同でアイデアを協創することができるようになっている。「試す」では、2階から4階に外部のパートナーと一緒に実験、開発ができるラボがある。
「つなぐ、発想する、試す」というプロセスを外部のパートナーと一緒に回していきながら、ソリューションや最終製品、そしてイノベーションへとつなげていきたいと鳥山氏は語る。
AGCにおける「両利きの経営」の実践
AGCの「両利きの経営」の実践は、イノベーションを生み出すための重要な戦略として位置付けられている。AGCは「両利きの経営」を提唱したオライリー教授によってケーススタディとしても取り上げられており、グローバルに見ても成功している企業として名高い。
そんなAGCが「両利きの経営」を進める上で重視しているポイントは2つある。1つは「アイディエーション」、「インキュベーション」、「スケールアップ」というイノベーション実現のプロセスの段階ごとに適切にマネジメントすることと、もう1つはリスクを伴うプロセスはコーポレート側で進め、成功したものを既存の事業に統合するという組織と役割の分離を行うことである。このような仕組みや組織が同社の「両利きの経営」を推進し、イノベーションを起こす土台となっている。
なお、「両利きの経営」については、オライリー教授の著書「両利きの経営」(2019年・東洋経済新報社)や、組織開発コンサルタントの加藤雅則氏とオライリー教授の共著「両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」」(2020年・英治出版)にて詳しく解説されている。特に加藤氏との共著ではAGCの事例が多く扱われているので参考にしていただきたい。
イノベーションを起こすには異業種・異文化との協創がより重要になる
イノベーションを生み出すためには、異業種・異文化との協創がより重要になってきている。イノベーションは「異なる知と知の組み合わせ」から新たな価値を創造するプロセスである。例として、スーパーマーケットの買い物の仕方を自動車製造に活用したTOYOTAの「カンバン方式」やCDレンタルと消費者金融の概念を組み合わせたTSUTAYAなどがある。
多くの企業では、可能性のある「異なる知と知の組み合わせ」は、自社内では試し尽くされており、クローズドイノベーションだけでは限界がきている。そこで、これからは外部との知の組み合わせを探索するオープンイノベーションが必要だと言われている。
オープンイノベーションは、1対1の協業(バージョン1.0)から、複数のパートナーと共同して行う(バージョン2.0)ように進化しており、多角的な協業を通じて、新しいイノベーションが生まれることが期待されている。
他社との協業スキーム
ではどうやって外部と協業するのか。最も簡単な協業は製品や部材やサービスなどの売買から始まり、戦略的な提携、共同出資によるジョイントベンチャー(JV)、出資・資本提携、M&Aと難易度が上がっていく。大企業同士でM&Aまでいくケースはレアだが、スタートアップとの協業はM&A以外ではコントロールやガバナンスが難しくなる。いずれにしても、外部と協業する際は、どのようなレベルの協業なのかを念頭においておく必要があると鳥山氏は語った。
異質な他者との協業ポイント
他社との協業ではその難易度だけではなく、「いかに相手が自分と異なるのか」も頭に入れておくとよいと鳥山氏はいう。そこで用いられるフレームワークでは組織の規模や文化の違いを横軸に、地域や国という意味でのカルチャーの違いを縦軸で表している。例えば、自社内の他部署との協業は左下のレベル1の象限だが、他の大企業との協業は境界を超えて右下の象限に難易度が上がる。大企業とスタートアップの協業は象限内で更に右に移動し、難易度が上がる。
スタートアップとの協業ポイント
大企業がスタートアップと協業する上で留意すべきポイントは以下の3つだという。
- 企業同士がフェアな関係で協業する
- 大企業の課題を丸投げするのではなく、スタートアップの意志をサポートする
- お互いのビジョンを共有し、進むべき方向のベクトルを合わせておく
まず1つ目は企業同士がフェアな関係で協業することだ。規模の大小と優劣は関係ない。特に大企業だからといって、スタートアップを「下請け」のように扱ってしまうカルチャーの会社にはスタートアップとのオープンイノベーションは難しい。
2つ目は大企業の課題をスタートアップに丸投げすることだ。スタートアップは常にリソースが逼迫した中で事業を進めており、「課題の丸投げ」ではうまくいかない。逆に、大企業がスタートアップの実現したいことを支援し、その中でうまくいった成果を一緒に共有する方がうまくいくという。
3つ目はお互いの進むべき方向、ビジョンを事前にしっかり話し合って共有しておくことだ。中長期のビジョンが擦り合っていないままに、短期的な利害の一致で協業をすると、進めていくうちにどこかでボタンの掛け違いが起こる。
海外との協業ポイント
続いて海外との協業ポイントについても鳥山氏から語られた。海外との協業では日本の単一民族、単一言語の島国という特殊性を認識しておくことと、お互いのカルチャーが違うことを頭に入れておくことが大切だという。
また、求められるスキルとしては、語学力、異文化コミュニケーション能力、リーダーシップなどがある。英語はある程度はできないといけないが、意思疎通ができるレベルであれば問題ない。ただし、日本語で日本人同士がやるよりも、3倍から5倍の時間と手間がかかるという覚悟が必要である。
加えて、鳥山氏の経験から「分からないことは分からない」ということが大切だと語られた。海外では安易にイエスというより、分からないときは分かるまで確認した方が結果的にお互いの理解が深まるという。
創発的なリーダーを育てるためには
日本の大企業では、世界的にも珍しい新卒一括採用という形で採用を行い、入社から5年目ぐらいまでは社内で手厚い社内研修が行われている。そんな環境下で、まずはマネージャーとしてのスキルや知識を磨くことに重点が置かれており、リーダーを育てる仕組みは不十分な企業が多い。
リーダーとマネージャはどちらが優れているというわけではなく、「両利きの経営」の「深化と探索」を進める上でどちらも求められる。組織として深化が必要な既存事業ではマネージャータイプが向いているが、少数精鋭で探索が必要な新規事業ではリーダータイプが向いている。
リーダーシップは体で覚える必要がある
では、創発的なリーダータイプを育てるためにはどうすればいいか。VUCAの時代において、新規事業を成功に導くためにはチャレンジの数が重要である。また、可能な限りの予測をして備えることと、過去の失敗の経験から得られた教訓を組織の学びにすることが大切である。
まずは一流のマネージャーとして必要な資質であるWhenやHowを叩き込んだ後、次のステップとして、リーダーとして必要な資質であるWhatやWhyを徹底的に身につける。それらの素地が整ったところで、実際に新規事業に取り組み、継続的なチャレンジの経験と、失敗から得られた学びを活かしながら新規事業への取り組みを継続していくことで、社内起業家・イントレプレナーとして成長していける。
また、20代〜30代でアウェイの経験をさせることでリーダーシップを育てていくプログラムが重要である。一方で企業・組織としては、心理的安全性があってチャレンジできるオープンなカルチャーの上に、ステージゲートのようなマネジメントルールを築くことが大切である。
また、これらのリーダーシップの素地はいくら本を読んでも身につかない。自転車に乗ったり、泳げるようになるのと同じで体で覚える必要がある。そのため、最大限に予測し、備えた上で、新規事業に思い切ってチャレンジすることが大切だと述べた。
Q&Aセッション
ウェビナーの後半では、弊社木村がモデレーターとなり、Q&Aセッションが行われた。
リーダーの素質を持つ人材、見極めるポイントは
「リーダーの素質を持つ人材、見極めるポイントは」という質問に対し、「WhatやWhyに対して、自分事として考えられる人材を探すことが大事」と鳥山氏は回答。人の集まりは2:6:2に分かれるという理論をもとに、リーダーが得意な2割、マネージャーが得意な2割と、まだどちらでもない6割がおり、その6割の中から自分ごととして事業を捉えられる人材を見つけていくことが必要だと語った。
創発的なリーダーを生み出す仕組みは
「創発的なリーダーを生み出す仕組みは」という質問に対しては、「今とは違うアウェイの環境にチャレンジする機会を提供することが重要」と鳥山氏は回答する。AGCではグローバルから集めて行う社内研修や海外のビジネススクールに社費で行かせてくれるプログラムなどを用意している。
創発的な事業や人材を生むために社内をどう動かすか
「創発的な事業や人材を生むために社内をどう動かすか」という質問には、「社内で根回しが得意な人間を味方につける」ことがポイントだという。外にアンテナを張って、外部にネットワークを形成していくタイプと、社内をうまく回すことに長けたタイプが組むことで組織内でイノベーションを生み出しやすくなると、自身の経験も踏まえて鳥山氏は語った。
新規事業化支援総合プログラム「INTRAPRENURz」とは
最後に、ウェビナーの関連サービスとして弊社の新規事業化支援総合プログラム「INTRAPRENURz」についてご紹介したい。
このプログラムは「COMPASS – インキュベーションマネジメント支援」「DOJO – イノベーション人材育成支援」「SHSHERPA – 事業開発伴走支援」と大きく3つのパートから成り立っている。
「COMPASS – インキュベーションマネジメント支援」では、ステージゲート制度の設計やテーマ評価の設計、生まれてくる事業のマネジメントをするための仕組み作りを伴走型で支援する。
「DOJO – イノベーション人材育成支援」では、5段階のプログラムになっており、単なる研修ではなく、新規事業の経験を積んでもらう実践型のプログラムになっている。(詳細についてはサービスページを参照いただきたい)
「SHSHERPA – 事業開発伴走支援」では、伴走型の支援を行なっており、個別の課題設定やフレームワークに沿った新規事業支援を行なっている。
加えて、「INTRAPRENURz CAMP」という複数企業参加による事業開発と人材育成のための集中プログラムもある。(INTRAPRENURz CAMPの様子については過去の記事を参照いただきたい)
取材を終えて
本記事では、「新規事業を成功に導く次世代リーダー育成」と題したウェビナーの様子をお届けした。
鳥山氏からは自身の経験に基づく新規事業を牽引する創発的なリーダーの育て方について深い示唆が得られた。特に、「アウェイの経験が重要」という鳥山氏の言葉は、大企業でのスタートアップとの協業や海外留学などの経験を通じて得られた言葉であり、異業種・異文化との協業からの学びと成長の大切さを強調している。異なる環境や価値観に触れることは、イノベーションを推進し新たな市場を開拓する上で不可欠である。
弊社が提供する「INTRAPRENURz」においても、外部との交流を積極的に支援している。
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