クライメートテック最前線。カーボンニュートラルの取り組みを紹介

 addlight journal 編集部

気候変動対策が急務となる中、企業もサステナブルな価値創出の重要性を認識しつつある。特にCO2の削減や地球温暖化対策に焦点を当てた「クライメートテック」は、海外で年率210%という急速な成長を遂げる注目分野だ。しかし、日本では関連情報が限られている。そのため、この世界的な課題に対する理解が十分とは言えない状況にある。

この現状を踏まえ、アドライトはSUITzイベントシリーズの一環として、クライメートテック分野のベンチャーキャピタル(VC)、取り組みのサポートを行っている企業、スタートアップの代表者を招いたリアルイベントを開催し、カーボンニュートラルについて、多角的な視点から議論を展開した。ベンチャーキャピタルやスタートアップが登壇し、業界の現状、カーボンニュートラルへの取り組みについて事例を交えて具体的に紹介するとともに、グローバルアクセラレーションプログラム「SUITz TOKYO」の成果報告と次期案内も行われた。

本記事では、登壇いただいた企業のピッチを中心にイベントの様子を共有したい。また、アドライトが進める「SUITz TOKYO」についても概要をご紹介する。

カーボンニュートラルに向けて(株式会社脱炭素化支援機構 上田氏)

まずは株式会社脱炭素化支援機構の上田氏より講演いただいた。今回のイベント全体の導入部として、日本のカーボンニュートラルの現況と、カーボンニュートラル実現に向けたアプローチについて解説された。

登壇者プロフィール

脱炭素化支援機構(JICN)の概要

上田氏が所属する脱炭素化支援機構(以下、JICN)は、約2年前に設立された。資本金は国と民間企業が出資している。政策的意義を重視しつつ、投資の回収も目指すという独特の立ち位置にあるのが特徴だ。投資対象は日本のCO2排出に関係する20分野で、すでに多くの企業に投資を実行している。

2050年カーボンニュートラルに向けて

自己紹介、企業紹介ののち、講演の主題であるカーボンニュートラルに向けて、上田氏からはまず日本の現状について共有がなされた。

日本では2030年までに温室効果ガスを46%削減する目標を掲げているが、上田氏はその規模感を「工場等の産業部門全体がなくなるほどの削減が必要」と表現し、この目標の達成が極めて困難であることを指摘している。また、エネルギーの需要において、電力の部分に注目がいきがちだが、電力以外の熱に関する需要のほうが大きくこの削減にも課題があり、対策の重要性を強調した。

カーボンニュートラルに向かう3つの方法

では、実際にカーボンニュートラルへ向かうためにはどのような道筋があるのか。上田氏は、カーボンニュートラル達成への道筋として3つの基本的なアプローチを提示する。それは、Reduce(減らす)、Replace(置き換える)、Remove(除去する)である。

電力、非電力でそれぞれ、3つのアプローチが必要になってくるが、現状はコストが合わないため、新たな技術開発が必要になってくる。上田氏は、時間軸を考慮し、計画的に進めていくことが大切だと語る。

講演では、3つのアプローチに関連付けて、JICNの投資先企業の具体的事例も紹介された。金属インクジェット技術で資源利用効率を向上させるエレファンテック、再生可能エネルギーの一例として地熱発電所を増設しているふるさと熱電、未利用バイオマスから発酵技術によりエタノール等を製造するファーメンステーションなどが紹介された。

新たな技術を生み出すため、オープンイノベーションの取り組みも盛んに行われている。「ものづくり」と「AI」だったり、「農業」と「AI」など、従来ある技術にAIなどの最新技術を掛け合わせることで差別化が可能になるという。また、大企業とスタートアップの協業によるイノベーション創出の可能性に言及し、上田氏は、JICNがそのような協業も促進する役割を担っていることを説明した。

地域と育てる炭素循環(日本特殊陶業株式会社 川瀬氏)

次に、日本特殊陶業株式会社の川瀬氏からは「地域CCU(Carbon Capture and Utilization)構想」について講演いただいた。自動車部品メーカーとして知られる同社が、なぜカーボンニュートラルに取り組むのか、その背景と具体的な取り組みが紹介された。

登壇者プロフィール

工場のCO2削減の難所

川瀬氏は、まず気候変動が日常生活に及ぼす影響について言及した。子供たちが外で遊べなくなったり、プールに入れなくなったりする現状を例に挙げ、気候変動対策が単なる環境問題ではなく、生活の質に直結する課題であることを強調した。

しかしながら、工場から排出されるCO2、特に熱発生に伴うものの削減について、具体的な対策が限界に近づいており、さらなる削減が困難であることも指摘されている。例えば、ボイラー1台から年間約1,000トンのCO2が排出されており、電気や水素への転換案も検討されているが、設備の大規模な入れ替えやプロセス変更の難易度、品質への影響など、様々な障壁があることが指摘された。

地域CCUによるCO2の利活用

ここまで説明してきた通り、CO2を削減することは容易ではない。しかし、CO2を単なる廃棄物ではなく資源として捉え利活用する道があるのではないかと川瀬氏は指摘している。実際、国主導でCO2を利活用する研究開発が進んでおり、例えば、燃料や化学製品、コンクリート、農業などでの利用が検討されており、幅広い用途で利活用が期待されている。

さらに利活用の可能性を追求し、同社では地域CCUという構想を掲げている。これは地域内でCO2を回収し、運搬、利活用することで地域内でCO2を融通する取り組みだ。

具体例として、川瀬氏からは愛知県蒲郡市との農業のカーボンニュートラルの取り組みが紹介された。蒲郡市の特産品であるハウスミカンの栽培では、従来、植物の成長促進のために灯油を燃やしてCO2を発生させていた。この方法は、特に暖房が必要ない夏でも、CO2が必要なため行われている。これは農家にとって経済的負担となるだけでなく、環境負荷も大きかった。

この課題に対し、地域全体で取り組む解決策が考案された。地元でゴマ油製造を行う工場から排出されるCO2を回収し、それを地元の運送会社が農家まで運ぶというシステムだ。大学が効果測定を担当し、自治体がプロジェクト全体の支援を行った。

実証実験では、環境配慮型のミカンを通常より50円高い価格で販売したが、多くの消費者から支持を得られたという。川瀬氏は、地域の環境保全や地元企業の努力に対して、消費者が付加価値を認め、適切な対価を支払う意思があることが確認できたと述べた。

地域CCU✕サーキュラーエコノミー

講演の後半では、資源を長く使い続けることの重要性が強調された。CO2の再生には限界がある。そのため、再生したものを長く利用するという発想で、バランスをとっていくことが重要ではないかと川瀬氏は指摘している。

最後に、自社で開発中のCO2回収装置やメタネーション技術にも触れ、これらの技術を通じて地域の炭素循環を実現したいという展望を示した。

パイナップルレザーの可能性(PEEL Lab Olivia Greiner氏)

講演パートの最後には、PEEL LabのOlivia Greiner氏が、パイナップルの皮から作られる革新的な植物性レザーの特徴やビジネスモデルについて紹介した。

登壇者プロフィール

革製品は最も環境負荷の高い素材の一つ

PEEL Labは連続起業家であるCEOのJIM HUANGによって設立されたフードテック企業だ。JIM HUANGはこれまでに2つのフードテック関連スタートアップに取り組んでおり、3社目となるPEEL Labでは、パイナップルの皮を利用した植物性レザーの開発に取り組んでいる。

同社では2050年までに既存革製品市場の1%をパイナップルのレザーに置き換えることをビジョンとして掲げている。この取り組みを通じて、食品廃棄物の削減、動物虐待の防止、そしてカーボンフットプリントの削減という3つの環境問題に同時にアプローチできるという。身近に存在する革製品が実はファッション業界で最も環境負荷が高い素材の一つであることをGreiner氏は指摘し、その代替品開発の重要性を強調した。

パイナップルレザーが持つ優位性

同社のビジネスモデルは、B2Bになっており、様々な企業とのコラボレーションを通じて製品開発を行っている。ターゲットとなるのは環境へ配慮した革素材を求めている企業で、例えば、世界初のパイナップルレザー製ランドセルの開発や、ヨーロッパのスポーツ用品メーカー、アジアのホテルチェーンとの提携など、幅広い分野で協業を展開している。

パイナップルのレザーは環境への配慮という観点だけではなく、その機能性にも注目が集まっている。動物性の革と同等の耐久性を持ち、約10年間はメンテナンス不要で使用可能だという。さらに、防水性や耐火性も備えており、軽量であることから、ジャケットやバッグなどの製品に適している。

また、パイナップルレザーが従来の動物性レザーと比べて40-50%程度安価であることを強調した。この価格競争力は、より多くの企業がサステナブルな選択をしやすくするための戦略的な判断だという。環境に配慮した製品でありながら、コスト面でも優位性を持つことで、市場での普及を加速させることを目指している。

創業2年での成果と今後の展望

創業から約2年半で、同社は3,000平方メートルのパイナップルレザーを生産し、500キログラムのパイナップルの皮をアップサイクルした。これにより、350トンのCO2排出量の削減にも貢献し、多くの動物の命を救うことができたという。

現在は、アジア市場を中心に事業を展開してきたが、今後はアメリカやヨーロッパ市場への進出も図っている。事業拡大に伴い、タイ以外の地域でもパイナップル農家との契約を進めており、アフリカなどでの原料調達も検討しているという。世界展開に向けて人材確保や設備投資を進めていく方針だ。

SUITz TOKYOについて

ここからは弊社が進める「SUITz Tokyo」の詳細についてご紹介する。

SUITz TOKYOは、株式会社アドライトが東京都と共同で展開するクライメートテック領域のグローバルアクセラレーションプログラムだ。クライメートテック領域を対象に、企業間のマッチングや協業を促進し、カーボンニュートラルの実現をサポートすることを目指す。

このプログラムは、主に2つの部分から構成されている。

①SUITz TOKYO Outbound Acceleration Program:

  • 対象:海外展開を目指す東京拠点のクライメートテック・スタートアップ
  • 概要:国内のスタートアップが海外へ展開するための支援を行う
  • 詳細:グローバルVCとのマッチング機会提供、資金調達支援

②SUITz TOKYO Inbound Acceleration Program:

  • 対象:東京での事業展開を目指す海外拠点のクライメートテック・スタートアップ
  • 概要:海外のスタートアップが東京での事業展開を目指す際の支援を行う
  • 詳細:東京拠点の企の事業共創支援

これら2つのプログラムは並行して実施される。対象領域は脱炭素・カーボンリサイクル、エナジートランディション、アグリテック・フードテックの3つの領域を主軸としている。

このプログラムは東京都がスポンサーとなっており、参加者の金銭的負担なく参加できる点が特徴である。現在、両プログラムにおいて、参加するクライメートテック・スタートアップを募集しており、締め切りは2024年10月26日までを予定している。詳細について興味のある方は公式ページを参照し、問い合わせていただきたい。

SUITz TOKYOに関する詳細はこちら:https://tokyo.suitz.jp/

取材を終えて

本記事では、クライメートテック分野に関わる有識者を招いたリアルイベントから各講演者の取り組み発表と、アドライトが取り組む「SUITz TOKYO」についてご紹介した。

講演を通じて、上田氏はカーボンニュートラル達成に向けた課題の大きさを示しつつ、カーボンニュートラル達成には単一企業の努力だけでは不十分であり、オープンイノベーションを通じた異なる技術や知見を持つ企業間の協業が不可欠だと強調した。

川瀬氏の講演は、カーボンニュートラルという大きな課題に対して、地域レベルでの具体的な取り組みの可能性を示すものだった。CO2を「厄介者」ではなく「資源」として捉え直し、地域の多様な主体が連携することで、環境と経済の両立が可能であることを実証した点で、今後の環境ビジネスのモデルケースとなる可能性を秘めている。

また、Greiner氏の講演は、食品廃棄物の有効利用と環境配慮型素材の開発が、いかにして持続可能なビジネスモデルとなり得るかを示す好例となった。パイナップルレザーの開発と普及を通じて、環境保護と経済成長の両立を目指すPEEL Lab社の挑戦は、サーキュラーエコノミーの実現に向けた具体的な一歩として、今後も注目されるだろう。

オープンイノベーションや事業立ち上げ、社内起業家育成ならアドライトへ!

事業共創プログラム「SUITz(スーツ)」では、今回ご紹介したような企業を引き合わせて事業共創を行っていきます。ぜひご紹介した企業や本プログラムに興味を持たれた方は弊社アドライトまでご連絡をください。