ベンチャー企業のためのオープンイノベーションマニュアル

 addlight journal 編集部

はじめに

「オープン・イノベーション」とは、企業の内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造する、イノベーションを促進するための知識の移出と移入の意図的な活用のプロセスです。ここでは、大企業がベンチャー企業との協業により、プロジェクト型でオープン・イノベーションに取り組むことを前提とします。
私たちは、今まで数多くのオープン・イノベーションに関する事業開発プロジェクトを支援して参りました。そのプロジェクト経験を踏まえ、日本流オープン・イノベーションと題して、前回は大企業側からみたオープン・イノベーションの成功のポイントについて考えてみました。今回はベンチャー企業側からの視点で、オープン・イノベーションの成功についてみていきましょう。

ベンチャー企業におけるオープン・イノベーションの意義

私たちはこれまで、ハンズオンにおけるベンチャー企業の成長支援を行ってまいりました。そこでの支援経験から申し上げると、大成功するベンチャー企業には、どこかで非連続な成長を遂げるタイミングが必ずあります。

そのタイミングとは、競合企業の買収(合併)であったり、弛まぬKPIの改善がティッピング・ポイントを超えて一気に事業が加速する瞬間だったりするのですが、そのタイミングの中で代表的なものに、大手企業との連携があります。

立ち上げて間もないベンチャー企業においては、どれだけ素晴らしい技術やプロダクトを持っていても、与信の問題から営業が思うように進まないことがよくあります。その解消方法のひとつが、大手企業との協業や取引実績を示すことであります。これにより、他の企業においても安心してそのベンチャー企業と取引を開始することができ、社内における稟議(決裁)も容易になります。

このように、他の企業の取引例を理由にすることは日本の横並びの慣習かと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。例えば、シリコンバレーのトップのスタートアップのピッチなどを聞いても、誰でも聞いたことあるような企業との取引事例を挙げるBtoBのチームなども多く、ベンチャー企業における大企業との取引実績(オープン・イノベーション)の有効性は、もはや世界標準といえるでしょう。

ベンチャー企業が協業プロジェクトに取り組む前の検討ポイント

オープン・イノベーションの枠組みで、ベンチャー企業が大企業と協業プロジェクトに取り組むにあたっては、事前に検討すべき以下3つの項目があります。

1. ベンチャー企業のコアコンピタンスとの整合性
2. 同様のプロジェクトの拡張・横展開の可能性
3. カスタマイズ度合の妥当性

順番にみていきましょう。
1. ベンチャー企業のコアコンピタンスとの整合性
協業プロジェクトにあたり、ベンチャー企業側では、自社のコアコンピタンスとの整合性について検討する必要があります。そのオープン・イノベーションは当面の自社の看板になりえますので、自社のコアコンピタンスであったり経営戦略に沿ったメッセージングを行うことができるプロジェクトであることが肝要です。自社の事業とは関係のないプロジェクトで名前が広がってしまうと、誤ったイメージで世の中にPRされてしまうからです。また、プロジェクト実施にあたっては、そこでの内容の経験が蓄積されますので、自社のコアコンピタンスを磨く機会にするという意味においても、(将来の)本業に近い領域のプロジェクトであるべきです。

協業する側の大企業にとってみても、ベンチャー企業のコアコンピタンスや強みと掛け合わせられるプロジェクトでない限りは協業プロジェクトの意味合いが薄れます。ベンチャー企業が一流の大手企業とのオープン・イノベーションのプロジェクトに取り組むテーブルに上がるためには、やはり日ごろから自社のコア技術や主軸製品を磨き上げ、狭くてもよいのでその領域では絶対負けないというような独自のコアコンピタンスを持っていることが、協業プロジェクトを立ち上げ成功させる秘訣といえます。

2.同様のプロジェクトの拡張・横展開の可能性
協業プロジェクトに取り組むにあたり、そのプロジェクトの拡張や横展開の可能性を事前に検討しておくことも必要です。市場規模が大きかったり、将来成長していくような市場にあるプロジェクトであればベンチャー企業にとっても限られたリソースをつぎ込んでそのプロジェクトに注力してゆく意義がありますが、そうでない場合には投資対効果を勘案した判断が求められます。

3.カスタマイズ度合の妥当性
協業プロジェクトにおいては、自社のコア技術や製品を活用しながら、それを活用してのカスタマイズを求められることが多くあります。ベンチャー企業においては、それら自社のコアコンピタンスをアピールするチャンスであり、多少のリソース投下を行っても実行すべきプロジェクトであることが多いのですが、そのカスタマイズがあまりに多かったり、要件の変更が相次いだりすると、想定以上のリソース投下と時間を費やしてしまうことになり、本体事業自体への悪影響も出てきます。よって、事前にそのカスタマイズ度合を確認し合意を得ておく必要があります。

以上、ベンチャー企業が協業プロジェクトに取り組む前のポイントについて紹介しました。また、上記を踏まえ、ベンチャー企業にとって長期的に失敗に終わるオープン・イノベーションというのは、

・自社の本業と関連性の薄いプロジェクト

・将来衰退する市場にあるプロジェクト

・過度なカスタマイズが求められるプロジェクト

ということになりますので、ご留意ください。

協業プロジェクトを進める上でのポイント

それでは、オープン・イノベーションによる協業プロジェクトが開始された後に、ベンチャー企業側で意識すべき3つのポイントについてみていきましょう。

1. 大企業側の人材をプロジェクトに巻き込むこと
2. 大企業の上層部へのコミュニケーションラインを確保しておくこと
3. オープン・イノベーション事例を社外にアピールすることで

これらを順番に説明していきます。
1. 大企業側の人材をプロジェクトに巻き込むこと
協業プロジェクトがはじまった後も、ベンチャー企業側では、慢性的なリソース不足が続くこともあります。一方で、大企業側は人材がアサインされていることも多く、そのようなメンバーといかに協調してプロジェクトを出来る限り前に進められるかがポイントになります。定期的な情報交換の会議体を事前に設定することや、その会議体において双方の役割分担を前もって行い、双方からお互いの進捗確認を行うようなプロジェクトの進め方を行うことにより、効率的なプロジェクト運営が可能です。

私たちが支援するオープン・イノベーションにおいてプロジェクトマネジメントを進める場合にも、まずはプロジェクト全体の進め方やコミュニケーションの方法などを定型化し、ミスコミュニケーションが無くプロジェクトを成功に導く仕組みを導入し定着を図ります。

2.大企業の上層部へのコミュニケーションラインを確保しておくこと
大企業側での協業プロジェクトの承認や評価は、いわゆるステアリング・コミッティーと呼ばれる経営陣やマネジメント層によって行われます。ひとたび協業プロジェクトが始まってしまうと、ベンチャー企業側のメンバーは、そのような大企業側の上層部と顔を合わせる機会が減ってきます。そのため、実際のプロジェクトの進捗や結果は、大企業側のプロジェクトメンバー経由で行われますが、意図的/意図せず誤って情報が伝わってしまったり、何かプロジェクトで問題が勃発した際にベンチャー側の責任にされてしまうことも多くあります。よって、協業プロジェクトの全体設計をする段階で、定期的に大企業の上層部との接点を持てるような報告会などを定期的に取り決めておくことにより、ベンチャー企業側としてもコミュニケーションラインを直接確保でき、直接報告したり交渉したりする機会を得ることができます。

私たちが支援するオープン・イノベーションにおいてもプロジェクトマネジメントを進める場合にも、このような会議体や機会を重要だと考え、できる限り全体スケジュールに織り込みます。大企業とベンチャー企業では企業文化やコミュニケーションプロトコルなど異なることもあり、場合によってはコミュニケーションが更に円滑になるよう、私たちが間に入ってコミュニケーションの支援を行っています。

3. オープン・イノベーション事例を社外にアピールすることで
協業プロジェクト自体やその成果について社外にアピールすることで、ベンチャー企業側では広報や採用、更には資金調達などにもプラスの効果があります。一方で、特定の企業との関係性をアピールすることは、時に色がついてしまい、その業界での他の企業への営業などにマイナスの影響も考えられることから、ベンチャー企業側としては、できる限り独立性を維持し外観上もそれが分かる形式が望まれます。

私たちが支援するオープン・イノベーションのプロジェクトにおいても、守秘義務には最大限に配慮を行った上で、双方にとって意味のある積極的な対外発表の支援を行っています。

 おわりに

今回は、オープン・イノベーションの要諦について、ベンチャー企業側の観点から、オープン・イノベーションの意義、協業プロジェクトに取り組む前のポイント、協業プロジェクトを進める上でのポイントについて概要をご紹介させて頂きました。