COP29にみる世界の気候変動対策と ネットゼロに向けたトレンド

 addlight journal 編集部

年に一度、気候変動枠組条約の参加国が世界中から集まって行われる「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)」の第29回目となるCOP29が、2024年11月11日〜22日にアゼルバイジャンのバクーで開催された。

弊社主催のSUITzウェビナーでは、COP29に昨年同様参加されたアスエク代表の市川氏を迎え、COP29の全体概要と日本メディアの報道ではあまり注目されていないテーマについて解説。さらに、「パリ協定第6条カーボンクレジット」と「COP30 ブラジル・ベレンに向けた展望」というテーマについて掘り下げた。

パリ協定第6条カーボンクレジットについては、COP29で国際協力による削減・吸収・除去対策の完全運用化が合意され、今後は炭素市場の形成が焦点となる。COP29のサイドイベントでの議論を踏まえ、この市場の今後の展望を探った。COP29の賛否や存在意義が問われる中、ネットやメディアでは取り上げられない現地でのインサイトや今後の影響について議論し、日本企業の事業機会や潜在リスクについて掘り下げた。本記事では、SUITzウェビナーで語られた内容についてご紹介したい。

COP28については、過去記事「カーボンニュートラルやESGの最新トレンド!COP28報告とこれからの潮流」をご覧ください。

登壇者紹介

登壇者であるアスエク代表の市川氏からはCOP29の全体の様子と日本メディアではあまり報道されていない重要なテーマ、カーボンクレジット(パリ協定6条)、次のCOP30について語られた。

COP29開催国 アゼルバイジャン

まずは市川氏から、今回COP29の開催国となったアゼルバイジャンについて、その地理的特徴や経済構造、会場の様子、主要な議題が語られた。

アゼルバイジャンはカスピ海に面し、イランの北に位置し、トルコとも接している国である。経済の中心は化石燃料の生産であり、COP29の議長が「化石燃料は神の恵み」と発言した背景には、この国の産業や宗教・民族性が深く関係していると考えられる。また、アゼルバイジャンで生産された天然ガスは欧州にとって重要なエネルギー供給源であり、特にロシア依存を回避するための選択肢としての役割を果たしている。一方で、化石燃料依存の強い産業構造を持つため、脱炭素の流れに対する移行リスクが高い。新たな産業を育成しようという意識は高く、首都バクーは近代的なインフラ整備が進んでおり、ドバイと遜色のない都市開発が行われていると市川氏は語った。

COP29の会場と主要議題

COP29の会場はバクーのオリンピックスタジアムで、車で10〜15分の距離には石油精製施設が稼働しており、気候変動に関する国際交渉が進められる一方で化石燃料が生産されているという対照的な状況が見られた。今回のCOP29の主要な議題としては、開催国アゼルバイジャンが特に資金調達に焦点を当てたことが挙げられる。発展途上国への気候変動対策資金が大きく取り上げられ、「これはファイナンシャルのためのCOPなんだ」という声が開催前から上がっていた。一方で、先進国は気候変動緩和策の進展を期待していたものの、アゼルバイジャンが会議の初期段階で緩和策に多く言及しなかったこともあり、十分な進展は見られなかった。

会場は国連が管理するブルーゾーンと、一般登録者が入場可能なグリーンゾーンに分かれていた。ブルーゾーンでは政府関係者やNPO・NGOのパビリオンが設置され、交渉の場として機能していた。グリーンゾーンは展示会のような形式で、多くの団体がイベントを実施していた。現地では、脱炭素に向けた産業の移行だけでなく、労働者、ジェンダー、マイノリティや先住民といった社会的視点からの議論も多く見られ、日本ではあまり聞く機会のないテーマが取り上げられていたことが印象的だった。

また、今回のCOP29では、戦争中のウクライナ、ロシア、イスラエルがパビリオンを再開した点も注目された。ウクライナは、自国のエネルギー生産の重要性を訴えるメッセージを強く打ち出し、ロシアのミサイルで破壊されたとされる太陽光パネルを展示しながら、破壊されてもエネルギー供給を維持できることをアピールしていた。イスラエルは、乾燥地帯のグリーン化に焦点を当て、自然を活用した解決策をテーマに掲げていた。

日本メディアが報道していない重要テーマ

COP29に関する日本のメディア報道では、気候資金やパリ協定第6条に基づく市場メカニズムなど、日本の経済に直接関わるテーマが主に取り上げられている。一方で、公正な移行、ジェンダーと気候変動、食料システムと農業など、会場では重要視されていたが、日本のメディアではあまり報道されていないテーマもあった。特に、公正な移行については多くのNPOやNGOが主張しており、ジェンダー平等と気候変動の関連性についても議論が活発だった。また、気候変動は途上国に特に深刻な影響を与えており、先進国が加害者でありながら被害者でもあるという認識が会場では強く、先進国の企業や組織が率先して行動するべきだという意見が目立った。

脱炭素の対応が必要な理由は倫理的な側面だけでなく、経済的な理由も大きくなっている。特に、欧州を中心に導入が進む国境炭素税は、日本の輸出産業に大きな影響を与えるため、企業は低炭素化を進める必要がある。また、企業の責任範囲がバリューチェーン全体に拡大しており、ヨーロッパでは情報開示の義務化が進んでいる。特に自然資本を利用する先進国の企業にとって、これらの規制への対応は競争力にも影響を及ぼすと市川氏は指摘する。

気候変動以外で危機的状況にある環境課題

COP29は気候変動に関する交渉や対策を話し合う場であるが、環境問題の観点からは、これ以外にも「自然生物多様性」と「汚染」のテーマがあり、それぞれ別の国際条約の交渉が進められている。

自然生物多様性に関しては、昨年コロンビアで締約国会議が開催され、議論の焦点の一つは資金問題だった。世界的に資金が潤沢にあるわけではなく、先進国も無限に資金を提供できるわけではないため、気候変動対策とどのように関連付けて資金を確保するかが重要な課題となっている。

汚染問題では、特にプラスチックや農業で使用される化学肥料に含まれるリンや窒素などの化学物質が深刻な課題とされている。プラスチックに関しては、現在、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた政府間交渉が継続中だが、ここでも資金確保が大きな課題となっている。COP29のイベントでは、個別の環境問題ごとに議論を進めるだけでは対応のスピードが上がらず、最終的に資金不足に直面するとの指摘があった。このため、気候変動対策と統合的に進めるべきだという意見も出ていた。

カーボンクレジット(パリ協定6条)

カーボンクレジットは企業にとって関心の高いテーマであり、日本のエネルギーインフラが依然として化石燃料に依存していることや、工業化社会の発展の歴史がその背景にある。近年、カーボンプライシングが導入されることで、コスト面の影響が大きくなり、2025年には化石燃料事業者に対する賦課金が始まる予定である。2026年度からは約300社が排出権取引制度に義務的に参加する見込みであり、企業のバリューチェーン全体での関心が高まっている。

COP29では、パリ協定第6条の市場メカニズムに関するルールブックがほぼ完成し、日本政府が積極的に推進するJCM(2国間クレジット)などの仕組みも整備されている。クレジット市場の本格的な活性化はこれからと見られるが、まずは政府のNDC(国が定める貢献目標)に適用できるクレジットや、国際的な緩和目標に対応したクレジットの整備が必要だ。これが進まなければ、市場全体の拡大は難しいとされている。

一方で、ボランタリークレジット(※1)市場の注目度は高まっているものの、資金の大規模な流入には至っておらず、ルール整備やキャパシティビルディングが進行中である。排出権取引については各国で制度が整備されつつあるが、国際的な相互作用を考慮した設計にはなっておらず、今後、温室効果ガスの削減をグローバル規模でどのように進めていくかが課題とされる。

ルールブックが完成したものの、それだけでは市場の急成長には直結せず、需要喚起や高品質なクレジットの供給が今後の重要な課題となる。日本ではJクレジットが中心となるが、地政学的リスクを抑えた国内案件に重点が置かれる傾向がある。しかし、大企業にとっては、リスクを抑えつつも海外のクレジット案件、特に発展途上国やグローバルサウスにおける気候資金の流れを活用することが重要であり、そうした市場にも関心を持つべきだと市川氏は語った。

※1ボランタリークレジット:世界中の民間企業やNGO団体などが主導し運営するカーボン・クレジット制度のこと

COP30 ブラジル・ベレンへ

最後に、2024年11月にブラジルのベレンで開催予定のCOP30の主要な注目点について市川氏より説明された。

COP29ではブラジルの存在感が大きく、国のパビリオンだけでなく複数の展示スペースを設け、多くのメッセージを発信していた。ブラジルは地球環境問題の交渉において歴史的にリーダー的な役割を果たしており、COP30に向けた意気込みも非常に高いと考えられる。

COP30は「ネイチャーCOP」とも称され、これまでエネルギー中心だった議論を自然環境や森林保全に重点を置くことが意図されている。特に、森林の価値を再評価し、ネイチャーベースの解決策として、森林再生への資金流入を促進することが期待される。カーボンクレジット市場では、現在、炭素吸収型のクレジットが注目されているが、ブラジルは森林再生のビジネスポテンシャルが大きいため、この分野への資金を集める動きを強めると考えられる。

また、脱炭素・低炭素時代におけるブラジルの産業ポテンシャルも注目される。ブラジルの電力の45%は再生可能エネルギーで賄われており、グリーン電力を活用した新産業の誘致が進められている。こうした背景から、ブラジルは企業誘致に積極的なメッセージを発信していくと予想される。さらに、食料システムも重要な議題となり、アマゾンの森林伐採による大豆畑の拡大を抑制し、森林保全を経済的に有利な選択肢とする仕組みの構築が議論される見込みである。

まとめ

COPの国際交渉は、パリ協定のルールブックが完成し、各国が約束を実行する段階に入ったことで、より困難になってきている。新たな技術の発展やエネルギー需要の変化により、各国の交渉は難航し、進展が遅れている状況だ。

このような状況の中で、気候変動対策の主導はプライベートセクターに委ねられていくと考えられる。企業はより高いリテラシーを持ち、野心的な目標設定と行動を通じて脱炭素社会の実現に貢献することが求められる。特に先進国の企業は、バリューチェーン全体に対する責任を理解し、倫理的な観点からの行動を強化していくことが重要である。

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