日本のGX(グリーントランスフォーメーション)は、「脱炭素」という言葉を超え、食と農の根本的な再設計へと踏み込んでいます。
GX共創のプラットフォーム「SUITz(スーツ)」の月次イベントの第3回が、に東京・京橋のCity Lab Tokyoにて開催されました。今回のテーマは「フードアグリGX」。農林水産省、JAグループ、そして気候テックの最前線を走るスタートアップが集結し、見えてきたのは、環境対応という「義務」を超えた、気候時代の食と地域の新たな価値創造モデルでした。
1. 『環境と調和のとれた食料・農林水産業の実現に向けて ~みどりの食料システム戦略の進捗と今後の展開~
農林水産省の岩瀨氏からは、「みどりの食料システム戦略」と「みどりの食料システム法」を土台とした政策フレームの現状が示されました。2050年を見据えた14のKPI(ゼロエミッション農業の実現、有機農業の拡大、食品ロス削減など)が設定されており、法制度・市場インセンティブ・現場技術・見える化の4つの柱で束ねる構造が特徴です。なかでも注目を集めたのが、現在策定中の「みどり加速化GXプラン」の動向で、投資家・企業・農家にとっての予見性を高めるロードマップとして、官民双方から高い期待が寄せられています。GXをネイチャーポジティブ、食料安全保障、地域レジリエンスまで統合して捉える視座も、議論の中で印象的に示されました。
政策と現場を橋渡しする仕組みとして、カーボンクレジット市場の役割も大きくクローズアップされました。2026年4月に本格始動するGX-ETS(排出量取引制度)との接続により、農林水産分野のJクレジットに対する企業需要が急拡大する見込みが示されています。代表的な方法論として挙げられたのが、中干し延長(水田メタンを約3割削減)、バイオ炭(土壌改良と炭素貯留を同時実現)、家畜メタン低減の3つです。プログラム型で削減量を束ねることで農家の参画障壁を下げ、農山漁村の新たな収入源とする取り組みが加速しています。
さらに、「炭素量の数値だけに依存しない価値設計」の重要性も議論されました。炭素価格のボラティリティに左右されない収入安定のために、地域雇用・教育・防災といった地域便益を組み込んだ「定性価値パッケージ」を炭素価値に併走させる発想は、企業の共感を得るうえでも有効であるという見解が共有されました。消費者接点においては、GHG削減貢献度合いを星で表示する「見えるラベル」が需要サイドを喚起する仕組みとして紹介されました。営農データから自動算定されたスコアを流通の現場に届けることで、農家の取り組みに継続性と報酬をもたらす設計として、注目を集めています。
2. スタートアップと創る サステナブルな第一次産業の未来
一般社団法人AgVenture lab事務局長 篠原氏がご登壇しました。国際気象機関(WMO)は2024年の世界平均気温が産業革命前と比べて1.55℃上昇したと発表しました。パリ協定が掲げる「1.5℃以内」という目標を、すでに超えてしまったことになります。日本においても気候変動の影響は農業・食料システム全体に及んでおり、サステナブルな第一次産業の実現は待ったなしの課題です。
生産現場では、化学農薬・化学肥料の低減ニーズを背景に、バイオスティミュラント(生物刺激剤)や土壌改良素材を扱うスタートアップが存在感を増しています。高温耐性の向上や土壌の保水力強化といったアプローチで、気候変動による生産ダメージの緩和に取り組む企業が出てきました。いずれも効果が出る条件は土壌や地域によって異なるため、長期的な実証を重ねながら普及を広げている段階です。
農業従事者の減少・高齢化への対応では、ロボティクス系のスタートアップが力を発揮しています。収穫・運搬・除草といった労働集約的な作業を部分的に自動化することで、人手不足を現実的な形で緩和しようとしています。「完全自動化」を目指すのではなく、人とロボットの役割分担を前提とした設計思想が、農業現場への導入ハードルを下げるうえで重要な鍵となっています。
温暖化への「適応」という観点では、気温上昇を前提として地域に合った作物転換を提案したり、水田由来の温室効果ガス削減をカーボンクレジットとして収益化する仕組みを農業者に届けたりする取り組みも広がりつつあります。気候変動を脅威としてだけでなく、農業転換のきっかけとして捉え直す発想が現場に浸透し始めています。
流通・フードロスの領域でも、食品残渣の高付加価値化や常温保存期間の延長、鮮度低下の早期検知など、廃棄を減らしながら流通コストを抑えるソリューションが登場しています。
第一次産業が直面する課題は、生産から流通・加工・廃棄に至るまで広範にわたります。しかし各工程で、スタートアップが現場に入り込みながら具体的な解を生み出し始めています。社会実装には長期的な実証と、農業者・企業・行政が連携する仕組みづくりが欠かせません。
3. フロントランナーの事例
ピッチセッションでは、食料システム全体の変革を担うスタートアップが具体的な実装事例を紹介しました。
微細藻類が拓くバイオ素材の可能性
株式会社ファイトリピッド・テクノロジーズは、東京科学大学発のスタートアップとして、微細藻類を活用した開発に取り組んでいます。同社の強みは、一種類の藻類からオメガ3脂肪酸などの機能性成分、バイオ燃料、高タンパク質食品素材を同時に生産できる点にあります。高付加価値素材と低付加価値素材を組み合わせることでコスト競争力を確保し、化石燃料や動物性タンパク質の代替を現実的な水準で目指しています。現在はNEDOの支援のもと資金調達し、大規模プラントの設置に向けた準備を進めており、工場排出CO2を藻類培養に活用するなど、GX推進の観点からも注目される循環モデルを構築しています。
革新的冷却技術が解消する食料ロスと物流課題
クールイノベーションジャパンは、水を媒体とした独自の冷却技術により、食料ロスと物流課題の解決に取り組んでいます。霜取り不要のノンフロスト設計で庫内温度を一定の精度で安定させ、高湿度を維持することで、食品の長期保存を実現しています。実証実験では、和牛のチルド保存において一般の冷蔵設備が1ヶ月で限界を迎える中、3ヶ月半以上にわたって高い品質を保つ結果が得られており、冷凍に頼らない海外輸出の可能性も開けています。長期保存が可能になることで積載率の向上や輸送タイミングの最適化が実現し、空輸から船便への切り替えによってCO2排出量を削減できるという試算も示されています。旬を過ぎた時期への出荷調整や災害前の早期収穫・貯蔵など、農業経営の新たな選択肢としても期待が高まっています。
ご案内
GX Allianceは、デジタルプラットフォーム「SUITz(スーツ)」を通じ、1社・1業界では解けない課題に対し、産・官・スタートアップが連携して実装を加速するプラットフォームです。講義・ピッチ・ネットワーキングを組み合わせた設計で、大企業・スタートアップ・官公庁・自治体を接続し、協創の場を毎月提供しています。
4回目となるGX Allianceは、「海洋が秘めるGX-次世代を切り開く地域の実装-」です。
メインスピーカーに高知大学 次世代地域創造センター 准教授 岡村 健志氏をお招きし、姿を消した四万十のスジアオノリを、最新技術で再び産業へと蘇らせる「しまんと海藻エコイノベーション共創拠点」の挑戦を解説。海藻を起点に「資源・経済・人材」が循環し、地域と未来を再生させるための産学官連携の仕組みについてお話しします。






