2050年のカーボンニュートラル実現に向け、世界的に脱炭素化への取り組みが加速している。EU諸国では、2030年のカーボンニュートラル達成を目指した先進的な取り組みが進行中だ。一方、日本国内でも国策に基づき、地方自治体や企業が急速な対応を求められている。特に、注目されているのがGX(グリーントラストフォーメーション)で、2022年7月、岸田前総理を議長とする「GX実行会議」が設置され、各省庁において様々な政策が推進されている。
このような背景のもと、アドライト株式会社主催のSUITzウェビナー「都市と暮らしにおける、脱炭素とグリーントランスフォーメーション」が開催された。本ウェビナーでは、各セクターにおける最新の取り組みが紹介されるとともに、参加者にとって持続可能な社会の実現に向けた多くの示唆が提供された。登壇者には、国土交通省 都市局都市環境課の今佐和子氏、一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事の石山アンジュ氏、清水建設株式会社の沼田茂生氏とそれぞれ立場が違う中、GX推進を進める3名をゲストに迎えて、具体的な事例を含め取り組みを解説いただいた。
本記事では、ゲスト3名による講演のサマリーを中心に、ウェビナーのサマリーを紹介したい。脱炭素社会の実現やグリーントランスフォーメーションに関心をお持ちの企業や個人にとって、今後の活動のヒントとなる内容になっているので、ぜひご一読いただきたい。
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都市政策における環境対応の強化(国土交通省 都市環境課 課長補佐 今 氏の講演)
まずは国土交通省の今 氏より、国土交通省に新設された都市環境課による取り組み、および海外の都市政策事例について紹介された。
新設された都市環境課とは
2023年7月に国土交通省では、都市環境課という新しい課を新設した。国土交通省の中で課が新設されることは歴史的な出来事だという。都市環境課設立の契機となったのは、昨年2023年7月の日本が議長国を務めたG7都市大臣会合において、都市政策の環境対応の重要性が提唱されたことだ。
都市環境課には、主に都市緑地の推進を進める緑地ラインと、都市におけるカーボンニュートラルの実現などを目指す環境ラインの2つのチームがある。環境省や農林水産省、経済産業省など各省と連携しながら都市政策に環境対応を組み込む新たな取り組みを進めている。
緑化の取り組みについて
まず、緑地に関しては、まちなかに緑をしっかり作っていこうという動きを認定する制度「TSUNAG」(優良緑地確保計画認定制度)を、都市緑地法を改正して制度創設した。緑地の価値を「見える化」する取り組みとして、「TSUNAG」を全国に展開するキャラバンを実施している。
都市におけるカーボンニュートラルの取り組み
緑化と並んで都市環境課が取り組んでいるのが、都市におけるカーボンニュートラルの動きだ。日本のCO2排出量の半分は都市活動由来のものである。つまり、日本のカーボンニュートラルの実現には、都市政策や都市行政の役割が重要だ。しかし、工場などの産業部門は削減が進む一方、都市部の改善はまだ道半ばである。今氏は、日本の都市部局は、環境政策を「他部署の業務」ではなく自分事として取り組んでいかなければならない、と指摘した。
そこで、都市環境課は、日本の地方公共団体都市部局が環境政策を自分事として関心をもつために、海外の先進事例を学ぶセミナーを開催している。海外の先進事例を学び、日本の都市部局にも知識を共有するのが狙いだ。
講演では、都市政策の事例として、ニューヨークの歩行空間整備、パリの車両制限政策、リトアニアのシェアモビリティ、バルセロナのスーパーブロック構想などが紹介された。これらの事例は環境改善のみならず住民の幸福度や経済活性化にも貢献していると今氏は説明した。また、ニューヨークの都市政策が進んでいる要因については、とにかくプランを立てることが重要であるという示唆を得られたと今氏は語る。
最後に、事例から得られた学びとして、海外の都市政策では、CO2削減量ではなく暮らしが豊かになるかどうかを重視している点を今氏は挙げた。ファクトに基づく意思決定ができるようしっかりと定量化していく部分と、数値だけに囚われないバランス感覚が大切である。
シェアリングエコノミーでつくる持続可能な共生社会(一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事 石山氏の講演)
次に、一般社団法人シェアリングエコノミー協会の石山氏からは、シェアリングエコノミーの可能性と課題について詳細に解説された。
シェアリングエコノミーとは
冒頭、石山氏はシェアリングエコノミーの定義について説明した。江戸時代の長屋で見られたような、隣近所での醤油の貸し借りやおすそ分けの習慣なども、シェアリングエコノミーの一形態として捉えることができると石山氏は語る。
さらに、現代のデジタル時代においては、スマートフォンを通じてインターネットに容易にアクセスできる環境が整い、誰が醤油を持っていて貸し出し可能なのかという情報が瞬時に可視化できるようになった。そして、そうした情報の交換や共有、物品の貸し借りや売買が、デジタル空間上で無数に可能となっており、これがニューエコノミーとしてシェアリングエコノミーが注目されている背景だという。
広がるシェアリングエコノミーのサービス
続いて、石山氏は国内外の成功事例を紹介した。最近、都心で見られる電動キックボード利用サービスなども、シェアリングサービスの一つである。
他にも、空き家を活用した民泊サービス、学生や単身者向けの家具シェアリングサービス、ビニール傘の廃棄削減を目指した傘のシェアリングサービスなどもある。最近の傾向としては、キャンプ用品や着物など、特定のものに特化したシェアリングサービスなども増えてきており、現在、シェアリングエコノミー協会には約400社の会員企業が登録されているという。これらの事例は、新しい産業を生み出すだけではなく、人の生き甲斐や繋がり、コミュニティを創出するというウェルビング的な側面もあると石山氏は語った。
シェアリングエコノミーがカーボンニュートラルで果たす役割
脱炭素の文脈において、シェアリングエコノミーは極めて重要な役割を担っており、サステナブルなビジネスモデルの代表格として位置づけられると石山氏は力説する。
シェアリングエコノミーの本質は、新規製造と廃棄を最小限に抑えつつ、廃棄前に新たな付加価値を創出し、経済循環に組み込んでいく点にある。例えば、ある個人にとって不要となった衣服が、別の誰かにとっては1万円以上の価値を持つ可能性があり、このようなマッチングをデジタル上で効率的に実現することで、新たな付加価値が生まれ、経済循環が促進されるという。従来、日本においては新製品に価値が置かれる傾向があったが、シェアリングエコノミーの消費者は、既存品にこそ価値を見出し、社会的意義のある消費を重視する傾向があり、価格や品質以外の要素が購買動機となっているという。また、コロナ禍を経て、企業も変革を迫られる中、シェアリングの概念は企業経営にも浸透している。自社でオフィスや人材を完全保有する従来型モデルから、シェアオフィスの活用や外部人材との協働など、柔軟な経営資源の活用へと移行しており、予測困難な時代における適応戦略としても機能している。
協会の調査によれば、シェアリングエコノミーの進展はCO2排出削減に貢献し、脱炭素社会の実現を後押しすることが明らかになっている。すなわち、シェアリングエコノミーは、大量生産・大量消費に代わる新たなビジネスモデルであり、人々を繋ぎ、多様なライフスタイルを創出する社会的概念として捉えることができると石山氏は括った。
水素エネルギーの社会実装と都市づくり(清水建設株式会社 沼田氏の講演)
最後の登壇者となる清水建設株式会社の沼田氏からは、水素エネルギーの社会実装に活用が期待される水素吸蔵合金タンクについて紹介された。
国内水素のサプライチェーン
水素は、GX解決に向けた新たな担い手として注目を集めている。これまでエネルギーとしての利用実績が乏しい水素であるが、日本政府をはじめとする世界各国が、その可能性に大きな期待を寄せているといえる。
水素のサプライチェーンは、大きく二つの方向性がある。一つは、海外で生産されたグリーン水素を船舶で輸送するルートである。もう一つは、国内における再生可能エネルギー発電と連携した水素製造である。具体的には、太陽光発電などの電力を活用して水素を製造するアプローチで、現在は福島や山梨の製造拠点が稼働しているが、今後はこうした施設が各地に展開されていくことが予想される。
サプライチェーンのラストワンマイルにおいては、水素ステーションやパイプラインなどのインフラ整備が必要となる。そして、まちづくりにおける最終的なゲートウェイとして、水素吸蔵合金が重要な役割を果たす可能性があると沼田氏は語る。
水素吸蔵合金とは
水素吸蔵合金の特徴は、合金の金属格子の中に水素が自発的に取り込まれる点にある。この過程で、体積比で約1000倍もの水素を吸蔵することが可能であり、このような特殊な性質を持つ様々な種類の合金が知られている。
清水建設では、産業技術総合研究所(産総研)との共同研究を9年継続しており、その成果としてチタン鉄合金を新規に開発した。この合金は、建築物や都市での利用に適した優れた特性を有している。特筆すべき特徴として、発火性がなく危険物に該当しないという安全性を備えており、この技術の社会実装を目指している。
一例として、約3年半前に新築された金沢市に位置する清水建設 北陸支店では、開発した水素吸蔵合金を活用した水素利用システムを、社会実装の第一号として導入している。
開発した水素吸蔵合金タンクは、ステンレス製円筒タンクの中に吸蔵合金が収められた構造となっている。北陸支店では20本構成で設置されているが、安全性と省スペース性を両立し、建屋内に収納することが可能である。一般的に水素は危険性が懸念されるが、この技術により安全かつ大量の水素貯蔵が実現可能となった。この他にも、江東区潮見に位置する清水建設のイノベーション拠点「NOVARE」という施設でも水素吸蔵合金タンクが導入されている。
水素吸蔵合金の社会実装例
最後に、沼田氏から社会実装に向けた3つの取り組みについて紹介された。
第一の取り組みは、東京都港湾局との連携である。台場地区で熱供給事業を行う東京都では、熱の脱炭素化を目指している。この取り組みには、清水建設をはじめ、産総研、東京臨海熱供給、東京テレポートセンターが参画し、約1年半にわたって共同研究を実施している。具体的には、山梨県の製造拠点で生産されたグリーン水素をお台場に輸送し、水素吸蔵合金による貯蔵を行う計画で、3ヶ月後には実装される予定である。2025年度からは、貯蔵された水素を水素混焼ボイラーの燃料として供給し、熱供給の「グリーン化」を一部開始する。
第二の取り組みは、関西万博に関するプロジェクトである。約1年半前にNTTアノードエナジーとパナソニックが発表した計画では、パビリオン間に200メートルの水素パイプラインを実装することが決定している。この中で、清水建設の水素吸蔵合金タンクの技術が一部採用されている。
最後の取り組みは、福岡市での展開である。九州大学の移転完了後の箱崎キャンパス跡地開発において、現在、官民連携にてコンソーシアムがまちづくり協議を進めている。福岡市は水素を活用したまちづくりを10年間の実証研究として実施する方針を掲げており、この計画においても水素吸蔵合金技術の活用について協議が進められている。
取材を終えて
本記事では、GXをテーマに立場の違う3人の有識者を迎えたSUITzウェビナーについて、3名の登壇内容を中心にご紹介した。
2050年のカーボンニュートラル実現という大きな目標に向けて、本ウェビナーでは都市政策、シェアリングエコノミー、水素エネルギーという異なる3つのアプローチが提示された。国土交通省による都市環境政策の強化、シェアリングエコノミーによる新たな経済循環の創出、そして水素吸蔵合金タンクを活用した水素エネルギーの社会実装は、いずれも脱炭素と人々の豊かな暮らしの両立を目指している。これらの取り組みは、技術革新とデジタル化の波に乗りながら、持続可能な社会の実現に向けて着実に前進している。官民の連携などが進み、今後さらなる価値を生み出していくことが期待される。
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SUITzは、ネットゼロ社会の実現に向け、脱炭素・エナジートランジション・アグリテック分野での企業連携を促進する共創プラットフォームです。
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