【事例】脳科学アプローチで刷新するプロダクト開発の在り方と組織変革の兆し-ホンダセールスオペレーションジャパン株式会社

 addlight journal 編集部

ホンダセールスオペレーションジャパン株式会社(以下、HSJ)のデジタルマーケティング課は、お客様向けアプリ「My Honda」の将来の顧客価値を再定義すると同時に、その価値を継続的に生み出せる組織能力の強化に取り組んでいた。アドライトはHSJと共に、顧客の深層心理を紐解く体験を取り入れたワークショップ型のプロジェクトを共創した。

会社紹介:ホンダセールスオペレーションジャパン株式会社

ホンダセールスオペレーションジャパン株式会社は、本田技研工業株式会社の国内における四輪事業の一角を担う会社。デジタルマーケティング課では、お客様向けアプリ「My Honda」と販売会社向けシステムの開発・運用、さらにこれらを活用したデジタルマーケティング施策の推進を行っている。


プロローグ:顧客の行動や感情を起点に価値を発見し、持続的に成長するアプリへの発展と再現性のある組織を目指して

デジタルマーケティング課のミッションは大きく二つある。一つは、「My Honda」を通じてHondaならではの、モビリティ価値をお客様に届けること、もう一つは、販売会社が人手不足のなかでも顧客サービスを維持・向上できるよう、デジタルで補完することである。

My Hondaでは様々な情報提供やコンテンツ拡充を行っているが、お客様にとって「その瞬間だけ消費される情報」が多く占めており、日常的に使い続ける理由の創出に課題を抱えていた。

さらに、アプリ開発で培われた知見や判断基準を同課内で共有、活用し、デジタルプロダクトにおいても再現性ある仕事の進め方を浸透させたいという組織面の課題を踏まえてプロジェクトを設計。

担当者の感覚や経験だけに依存するのではなく、顧客の行動や感情を深く理解したうえでの顧客価値の構想ができること、そしてプロセスを特定の個人ではなく組織として共有し、継続的に実践できる状態を目指した。

以下、プロジェクトに参加した今枝氏(デジタルマーケティング主幹)、長島氏、李氏(同課社員)の3名と共にプロジェクトを通じて得られた成果を振り返る。


あえて立ち止まることで、見落としがちな顧客の価値を考える機会をつくる

―― お三方の自己紹介をお聞かせください。

今枝氏(デジタルマーケティング課主幹):

HSJのデジタルマーケティング課で主幹を務めています。課内全体として、お客様向けアプリと販売会社向けシステムの両方を担当しており、それらを活用したデジタルマーケティングも行っています。課内では3名の主幹のうちの1人という立場です。

長島氏(デジタルマーケティング課):

同じくデジタルマーケティング課に所属しています。My Hondaアプリの動線設計や改善を、メーカー視点とお客様視点の両面から担当しています。アプリを通じてお客様にサービスを使っていただき、行動データを収集・活用しながら、ホンダとのより良い接点を継続的に作っていくことを考えています。

李氏(デジタルマーケティング課):

昨年12月に入社したばかりで、ワークショップ参加当時はまだ入社2ヶ月目でした。主にお客様視点からMy Hondaの配信業務全般を担当しており、ワンツーワンの個別配信やアプリ内バナー、アンケートポップアップなどを手がけています。

―― プロジェクト開始前、どのような課題認識をお持ちでしたか?

今枝氏:

自動車業界は販売店によって支えられてきた歴史があります。一方で、販売店の労働環境は大きく変わってきています。以前は夜遅くまで営業していた店舗も、今は18時や19時閉店が当たり前になってきています。人材確保も難しく、顧客は販売してきた分だけ累積で増え続けているのに対応できる人手が足りていない。デジタルで補完する必要があるとわかっていても、そのアプリがあってもなくても、お客様が特に困らないプロダクトとなっていました。

お客様が日常的に使い続けたいと思えるアプリ、サービス終了したら困ると感じてもらえるアプリにする必要がありました。

李氏:

私は入社してすぐにMy Hondaを触ってみたのですが、改善の余地がたくさんあると感じました。それと同時に、業務をこなしながらではどこから手をつければいいかわからないという状況だったので、このワークショップでその糸口をつかめればと期待していました。

―― ワークショップの内容を振り返っていただけますか?

今枝氏:

まず第0回として、メンバー全員がMy Hondaについて自分の考えを発表する場を設けました。いきなり議論から入ると、声の大きい人の意見に流れてしまい、一人ひとりが本当に何を考えているかが見えにくくなります。まず個人の考えを可視化し、「こんないいアイデアがここにある」という状態から始めたかったです。

長島氏:

あの場を通じて、メンバーの意見の多様さに気づきました。「こういう見方をしていたのか」という発見が多く、何となく仲の良いチームではあったのですが、お互いが本当に考えていることを知る機会がこれまでなかったのだと実感しました。

今枝氏:

最初は、メンバーが「このワークの落としどころはどこですか」と聞いてくることが多かったんです。顧客価値という正解のないテーマを、組織として深く探究する機会を与えないといけないなと考えました。


顧客の深層心理に近づきプロダクトの機能ではなく価値に目を向ける

―― ワークショップの中で特に印象に残ったことは?

長島氏:

脳科学のフレームワークが特に印象的でした。脳を「脳幹(生存本能)」「辺縁系(感情・習慣)」「大脳新皮質(理性・論理)」の3つに分けてアプリを分析する手法です。

普段、私たちがアプリを触るとき、それがどの層の欲求を刺激しているかを分解していくと、InstagramやPayPayがなぜ使われ続けるのかが構造として見えてくる。新しいボキャブラリーを手に入れた感覚で、アプリを体系的に整理するきっかけがつかめました。

李氏:

そのフレームワークを通じて気づいたのは、私たちが毎日使っているアプリのほとんどが辺縁系、つまり感情や習慣に訴えかけているということでした。My Hondaは今、その部分がまだまだ弱い。理想と現実のギャップを、客観的に可視化できたのが大きかったです。

今枝氏:

うちのチームはずっとカスタマージャーニー(認知→検討→購入→保有)というフレームワークを使っていて、それが固定化されていました。脳科学のアプローチは全く異なる角度からお客様を理解する視点を与えてくれた。顧客理解のプロセスを根付かせたかった私にとっても、非常に良い材料でした。


顧客を起点に組織が再始動。そして、プロダクトの新たな発展へ

―― プロジェクトに対して、どんなことを期待されていましたか?

今枝氏:

大きく3つありました。一つは、持続的に成長できるアプリを作ること。二つ目は、そのアプリを作り続けられる組織を設計すること。そして三つ目が、メンバーが自身の本音をぶつけあえる場を作ることです。

うちのチームは、もともと異なるバックグラウンドを持つメンバーが統合されたばかりで、お互いを深く知る機会がないまま、それぞれが自分の担当業務をこなしていました。

会議では既存の議論や考え方を踏まえながら慎重に意見をまとめる傾向があり、多様な視点をぶつけながら顧客価値を探索する機会をもっと増やしたいと考えていました。

ホンダには本音で意見をぶつけ合い、全員で合意してGoに向かう、ワイガヤ文化が企業の競争力の源泉として推奨されています。ワークショップはその源泉の発揮の突破口にもしたかったのです。

―― 今回のプロジェクトの価値はどこにあったと感じますか?

長島氏:

外部の視点と豊富な経験を持つ人が入ってくれることの大きさ、というのは当然あります。でも私が一番感じたのは、私たちの状況を踏まえたうえで柔軟にプログラム内容を設計してくれたことです。今回アプリを刷新しようというゴールに到達するために自分たちだけでやろうとすると、おそらく相当な時間がかかっていたと思います。

李氏:

今まで当たり前だと思ってやってきたことを、改めて外の目線から問い直す機会になりました。「これは本当に必要なのか、それとも自分たちの思い込みなのか」を考え直す場として、とても意味がありました。

今枝氏:

企業の研修って、その場で終わってしまうものが多いですよね。でも、それだと突き詰めると、単なるコストです。今回はワークショップが終わった後に実際のプロジェクトとして動き出しているため、これが一番の価値だと思っています。

アドライトさんの一番の強みとして感じたのは、一回一回の事前打ち合わせへの本気度です。私はパートナーシップで一番大事にするのは「親身になって本気で一緒に考えてくれるか」という一点ですが、その点ではこちらの思いをしっかり受け止めていただけました。

―― プロジェクトを経て、現在の進捗はいかがですか?

今枝氏:

ワークショップが終わった後、マネジメントとして覚悟を決めました。メンバーにあれだけの時間と労力を使ってもらって、いいアウトプットも出てきたのに、「やっぱりアプリ刷新は大変だからやめよう」では絶対にいけないと思い、My Honda刷新プロジェクトを正式に開始しました。

定例ミーティングで進捗を管理しながら確実に実現させていくつもりです。

長島氏:

個人的には、アプリを考える上での視点が変わりました。以前は「この機能があれば便利になる」という機能論で考えていましたが、今は「この機能がお客様のどの層の欲求を刺激しているか」「複数の機能を共存させて、どう習慣化につなげるか」という発想で考えられるようになりました。

李氏:

ワークショップを通じて、チームの中にMy Hondaの理想像が少しずつ見えてきた感覚があります。どの機能を軸に置いて、どう発信していくか、その方向性と課題が共有されたことが、私にとっての大きな収穫でした。


エピローグ:取材を終えて

取材を通じて改めて感じたのは、優れたサービスは顧客理解と組織的な学習の積み重ねから生まれるということである。

今回の取り組みにおいて、アプリの機能検討にとどまらず、顧客理解を起点に価値を考えるプロセスそのものをチームで学び・共有したことが何より重要であった。実施したワークショップは、顧客の行動や感情を深く理解し、組織全体で価値を発見・意思決定していくための共通基盤づくりの場として機能したといえる。

また今枝氏の語った「覚悟」という言葉が印象的で、ワークショップはあくまで始まりにすぎず、そこで生まれたエネルギーと方向性を、実際のプロダクトに転換していくのはマネジメントの仕事であるという強い意志が伝わってきた。

「顧客にとって日常的に価値のある存在へ」。今回生まれたのはアプリ構想だけではなく、顧客起点で価値を考え続けるための組織的な土台である。My Honda刷新プロジェクトが、その思想をどのように形にしていくのか注目していきたい。