世界的に食の持続可能性が問われるなか、宮崎県で「食」と「テクノロジー」の融合を目指す一大イベントが開催された。本イベントは、持続可能な農林水産業の創出を支援する「みやざきグリーンイノベーションプラットフォーム(みやざきGRIP)」が主催し、地域資源を活かした新たなビジネスモデルの可能性を探る「提案会」と、フードテックの最前線を議論する「みやざきフードテックセミナー」の二部構成で実施。
提案会では、宮崎での事業展開を検討する3社が登壇し、最新技術を活用したわさび栽培や放置竹林を資源化する循環型ビジネスなど、ユニークなプロジェクトが発表された。一方、フードテックセミナーでは、国内外の食産業のトレンドを踏まえながら、持続可能な食の未来を切り拓くためのヒントが語られた。
本記事では、みやざきグリーンイノベーションプラットフォームや提案会の概要、後半のフードテックセミナーの基調講演やパネルディスカッションの様子について紹介する。
みやざきグリーンイノベーションプラットフォーム(みやざきGRIP)とは
みやざきグリーンイノベーションプラットフォーム(みやざきGRIP)は、宮崎県内の農林水産業に関わる企業や団体が連携し、新たな事業創出を支援する会員制プラットフォームである。持続可能な農林水産業・食品産業の発展を目的に、最新技術やアイデアを活用したプロジェクトの立ち上げを促進している。
みやざきGRIPは、「情報発信」「ソフト支援」「交流支援」「プロジェクト組成支援」の4つの柱を軸に、会員企業・団体を支援している。
情報発信においては農林水産業やフードテック関連の最新情報を提供し、会員が必要な知見を得られるよう支援するものである。ソフト支援では新規事業アイデアのブラッシュアップなどを行い、壁打ち相談や技術連携をサポートする。交流支援については定期的なイベントやセミナーを開催し、会員間のネットワークを強化するものだ。プロジェクト組成支援では会員間のマッチングを行い、持続可能なビジネスモデルの構築を後押しするものである。
前半:みやざきGRIPプロジェクト提案会について

本イベントでは、みやざきGRIPが主催する「提案会」が開催された。提案会では、宮崎県内での事業展開を検討する企業が登壇し、持続可能な農業や食品産業に関連する新規事業の構想を発表した。
今回の提案会に参加したのは株式会社マクニカ、有限会社竹炭の里、株式会社バイオフューチャーの3社。株式会社マクニカは革新的なコンテナ型植物工場で真妻わさびを栽培し、日本の食文化を世界へ発信する事業を展開している。有限会社竹炭の里は放置竹林を活用したバイオ炭製造技術を開発し、持続可能な農業の実現を目指すものだ。株式会社バイオフューチャーは竹リグニンを結着材とした堆肥・飼料ペレット生産の製造工程確立に向けた調査研究を行っている。これらはいずれも宮崎県の地域資源を活かした事業モデルであり、企業や自治体との連携を求めた。
提案会では、登壇企業の発表後に参加者が個別面談を希望できる仕組みが用意されており、事務局がマッチングを調整する形で次のステップへと進められる。さらに、宮崎県の補助金制度を活用することで、具体的な事業化に向けた支援も提供される。
株式会社マクニカ:「宮崎から世界へ繋ぐ、日本の食~革新的なわさび栽培技術で切り拓く新たな食の未来~」
マクニカは長年のエレクトロニクス・IoT分野での技術力・実装力を武器に、コンテナ型わさび工場というユニークなソリューションを提案した。
従来のわさび栽培が抱える自然災害リスクや収益化の難しさを、環境制御技術で克服し、日本食文化を支える新しい生産モデルを創出しようとしている。宮崎県の持つ農業立地の強み・国際的な注目度と組み合わせることで、安定した収益性・県内の新規事業・雇用創出・ブランド価値向上を目指す。宮崎県内でわさびコンテナ導入を検討し新たな農業事業に取り組みたい企業・自治体や、事業化にあたり販売チャネル開拓やブランディング、観光との連携などで協力できるプレイヤーをパートナーとして求めている。
有限会社竹炭の里:「放置竹林を原料としたバイオ炭の効率的な製造技術開発と農地施用による化学肥料等の利用低減」
有限会社竹炭の里は、30年にわたる竹炭製造技術と自社竹林の管理ノウハウを活かし、放置竹林を活用したバイオ炭事業を本格的に推進しようとしている。
放置竹林問題や竹廃棄コストという地域課題を転換し、バイオ炭の製造・農地施用 → CO₂削減と農業ブランド化 → 地域経済の循環モデルというステップを描き、令和8年度をめどに事業化・普及を目指す。 今後はバイオ炭の製造技術開発・実証実験のパートナー、そしてJクレジット活用に伴う専門知識を持つ事業者との連携を強く求めている。
株式会社バイオフューチャー:「竹由来リグニンを結着材とした堆肥・飼料ペレット化試験とペレット製造機概念設計」
株式会社バイオフューチャーは2020年設立のバイオマス素材活用企業である。木材加工・廃棄物処理事業からスピンアウトし、竹材などを利用した燃料用や畜産・農業向け木材チップ製造を行っている。
同社は、大量の竹を一挙に処理し、堆肥・飼料として利用する循環モデルを構築している。これは竹の有効活用だけでなく、農家・畜産業者と連携した統合的アプローチを提案するものだ。また、土壌分析から作物提案、流通まで一気通貫で支援することで、農家が具体的な収益を上げられる仕組みを整え、継続的な竹需要を生み出す。求めているのは「竹林伐採」だけでなく「地域ぐるみの循環ビジネス」であり、行政支援や地域パートナーの力を借りて、山間部の放置竹林問題を本質的に解決しようとしている。
後半:みやざきフードテックセミナー(基調講演&パネルディスカッション)
1.基調講演(Sustainable Food Asia株式会社 CEO 海野氏)
基調講演では、アジア市場を視野に入れたサステナブルフードの潮流や、日本の食品産業が持つ強みをどのように国際市場へ展開できるかが議論された。
登壇者紹介
本イベントの基調講演には、Sustainable Food Asia株式会社 CEO 海野氏が登壇した。海野氏は、フードテックを軸に日本とアジアをつなぎ、持続可能な食の未来を創出することをミッションに掲げる実業家である。

サステナブルフードとは何か
基調講演の冒頭では、海野氏が提唱する「サステナブルフード」の概念について説明があった。サステナブルフードとは、「環境改善」「健康アクセス」「社会的責務」の3つの視点を融合させた食のあり方を指す。

環境改善については生物多様性の話があり、ミツバチの減少による受粉機会の減少や、多様な生物たちによって守られている環境をどう保全していくかという課題がある。また資源の保全も重要であり、生きるために絶対的に必要なエネルギーをどう確保するか、フードロスをサーキュラーに循環させて食品や燃料として再利用する方法が大事である。
健康については言うまでもないが、糖尿病などの生活習慣病はなりたくてなるわけではなく、スイッチが入ってしまったり体質的な問題もある。世界的に見ると貧困は過去30〜40年で減少してきたものの、栄養の課題は十分に解決されておらず、炭水化物は摂取できてもタンパク質やビタミンが不足している状況が世界的に多く見られる。また未病、つまり病気になる前に予防するという観点から食による解決も重要である。
社会的責務としては、公正な労働環境取引やフェアトレード、フェアレイバーの問題がある。食の多様性については、アレルギーの問題が顕在化しており、卵や小麦が食べられない人々が少なからず存在する。これはアレルギーだけでなく宗教や文化、価値観なども含めて守るべき大きなテーマである。
これらのサステナブルフードを定義しながら、社会実装される仕組みを作るため、スタートアップや大手食品メーカーと連携してその推進を進めている。これを日本とアジアから世界に発信していきたいと考えている。海野氏は「サステナブルフードの考え方は、決して欧米の後追いではなく、日本の伝統的な食文化や“もったいない”精神と密接に結びついている」と指摘。サステナブルという言葉は欧米から入ってきたものだが、「もったいない」という概念や資源を大事に使う価値観は日本で昔から大切にされてきたものである。里山の循環システムなど、自然から学ぶ知恵は日本ならではの強みとなると語った。
サステナブルフードの実践的な取り組み
海野氏は、サステナブルフードの概念を実現するために、「イノベーション」「クリエーション」「エクスパンション」の3つの軸で事業を展開している。これらの取り組みは、単なる研究開発にとどまらず、日本の食文化を活かしながら、国際市場での競争力を高めることを目的としている。
サステナブルフードキャンプ

サステナブルフードの分野では、各国が異なる課題やニーズを抱えており、国ごとの食文化や環境に合わせたアプローチが求められる。そこで海野氏は、アジアを中心としたフードテック企業やスタートアップを結びつけ、持続可能な食の未来を共創する「サステナブルフードキャンプ」を主催している。
このイベントでは、最新のフードテック技術や研究成果を発表し、企業同士が連携できる環境を整えている。また、特に成長著しいASEAN市場とのつながりを強化するため、マレーシアに拠点を設置し、日本企業がアジア市場へ進出する際の橋渡し役を担っている。日本の食品技術とアジア市場の成長性を組み合わせることで、持続可能な食産業の拡大を図ることが狙いだ。
サステナブルフードの創造(商品開発)
サステナブルフードの推進には、新たな食品開発が不可欠である。海野氏は、未利用資源を活用した画期的な商品開発を進め、食の多様性を広げることに取り組んでいる。その代表例が、「フルーツミート」である。

「フルーツミート」は、未熟なジャックフルーツを肉のような食感に加工した代替食品であり、アジアや欧米のベジタリアン市場で注目を集めている。ジャックフルーツは、従来は成熟して甘くなった状態で消費されることが多かったが、未熟な状態では肉のような繊維質を持つため、プラントベースフードとしての可能性が高い。これを食品加工技術によって最適化し、新しい食材として市場に投入することで、食の選択肢を増やしている。
また、食の機能性にも注目し、大手製薬会社と連携して糖尿病予防に資するおやつを開発。血糖値の上昇を抑える天然素材を用いた食品の研究を進めており、単なる「美味しい食品」ではなく、健康を支えるサステナブルフードの可能性を広げている。
サステナブルフードの拡大(拠点・施設づくり)

技術革新と商品開発を進めるだけでは、サステナブルフードの普及は難しい。海野氏は、より多くの企業や消費者が実際に触れ、試し、理解できる環境を整えることの重要性を強調する。その一環として、東京・虎ノ門にサステナブルフードのラボやミュージアムを開設し、国内外のスタートアップが集まる仕組みを構築している。
この拠点では、フードテック企業と飲食事業者が連携し、新しい食品を試食・改良するための場を提供している。例えば、代替タンパク質を使った新しいメニューの開発や、日本の発酵技術を活かした健康食品の試作が行われている。ここで生まれたアイデアは、国内市場だけでなく、海外展開も視野に入れたビジネスモデルとして育てられる。
また、ラボでは食品開発のワークショップや試食イベントを定期的に開催し、消費者や事業者が新しいフードテックを体験できる場を設けている。さらに、国内外のベンチャー企業とのコラボレーションを促進し、サステナブルフードの新たな可能性を模索している。
世界のフードテック・サステナビリティ動向
フードテックは、世界各国で急速に進化し、食産業の持続可能性を高めるための重要な技術として注目されている。海野氏は講演の中で、「2050年に向けた食料供給の課題」「地域ごとのフードテック戦略」「最新の技術トレンド」について詳しく解説し、日本がこの分野でどのようなポジションを確立すべきかを考察した。
2050年に向けた食料供給と安全保障の課題

持続可能性すなわちサステナブルなあり方は、地域発の食を創出していく上で極めて重要なキーポイントとなるものである。これを形にすることは日本国内のみならず、世界に対して確かなプレゼンスを構築することにつながるだろう。その重要性の背景として、世界の食料需要は2050年までに2010年の約2倍近くになると予測されており、約58億トンに達する見込みである。また人口も様々な見解があるが、順当に行けば100億人を超えるとも言われており、端的に言えば食料が足りるのかという問題に直面している。
世界では、ロシア・ウクライナ戦争の影響で多くの国々が食糧危機や食の安全保障への危機感を抱いている。現在の小麦価格高騰はウクライナの小麦畑が実質的に使用できなくなっていることが一因であり、こうした問題は日本にとっても決して対岸の火事ではないのである。
このような状況を背景に、ヨーロッパではサーキュラーエコノミーが重視されるようになった。生産から廃棄までの一方通行ではなく、資源が循環する仕組みを構築しようという動きが広がっている。SDGsに対する消費意識調査によれば、環境に優しいサステナブルな商品を高くても購入したいという消費者の割合は、アメリカやヨーロッパのイタリアなどと比較すると日本はやや低い傾向にある。一方で、中国やタイ、インドネシアなどでは日本よりもそうした意識が高い部分もあるという。
日本はこの分野ではやや出遅れている感があるものの、それは逆に大きな伸びしろがあることを意味している。今後この遅れを取り戻すことで、日本市場におけるサステナブルな商品の成長可能性は非常に高いと考えられるのである。
地域ごとのフードテック戦略と先進事例
海野氏は、世界の主要なフードテック市場としてアメリカ、ヨーロッパ(特にスペイン)、アジア(シンガポール・マレーシア)の3つを挙げ、それぞれの戦略と特徴を紹介した。
アメリカ:代替タンパク質市場の拡大と商業化
アメリカは食技術において世界的なリーディングポジションを確立しており、細胞培養技術を用いたハンバーガー、キャビア、チョコレートの開発や、麹を使ったプラントベース食品の商品化など革新的な取り組みが進んでいる。
一方、日本食は世界的に人気が高まり、特に餃子は東京オリンピックを機に注目を集め、固有名詞として国際的に認知されるようになった。しかし皮肉なことに、プラントベースの寿司やマグロなど日本食をベースにした革新的商品開発はアメリカ企業が主導しており、日本は麹など自国の素材の新たな可能性を見出せずにいる。これは日本の地域ポテンシャルを活かしきれていない証左であり、アメリカの充実した食の研究環境がこうした革新を可能にしている。
ヨーロッパ(スペイン):食文化とテクノロジーの融合
ヨーロッパでは食産業へのEUの積極的投資と政府主導の産業育成が特徴的である。ルールメイキングの巧みさと美食とテクノロジーの融合により、プラントベースのウナギ・エビ・チーズやグルテンフリー小麦パンなど革新的食品が開発されている。
シェアラボやシェアファクトリーといった充実した研究設備があり、食の専門大学では学生の半数が外国人という国際性を持つ。日本でも食の教育機関を設立して世界から人材を集めれば、高収入が得られる寿司職人の養成など教育ビジネスとして成立し、日本食文化の世界発信と地域の経済発展につながる可能性が高い。
アジア(シンガポール・マレーシア):食料安全保障とフードテックの国家戦略

アジアの食に関する主要課題として、シンガポールでは食料安全保障、マレーシアやインドでは健康問題、全域で一次産業の成長余地がある。シンガポールは国土が狭く自給率が10%未満であるため、2030年までに30%へ引き上げる政策を推進し、細胞培養技術や植物工場への支援を強化している。
マレーシアでの鳥インフルエンザ流行時にチキンライスが提供できなくなった事例は、食料安全保障の脆弱性を示している。また世界人口の4分の1を占め、将来3分の1に増加するムスリム市場へのハラル対応も重要課題であり、現状では訪日ムスリムが自国からレトルト食品を持参するほど対応が不十分である。アジア全域では細胞培養魚やビールカスのアップサイクルなど革新的な食品開発も進んでいる。
日本の課題とフードテック市場への展望

日本は伝統と食文化によって培われた素晴らしさがあり、これは世界で十分に競争力を持つはずと海野氏は指摘する。
おいしさの追求と同時に、健康長寿の国というイメージを活かすことができる。現在アメリカではロンジェビティ(長寿)というコンセプトが注目され、若返りやアンチエイジングというよりも、健康に長生きする方法への投資が医療とは別の大きなマーケットとなっている。この分野には大きな可能性があり、日本の強みを世界に展開しないことは非常に惜しいという。日本の食文化や伝統技術をアジアから世界へつなげていくことで大きな価値が生まれると海野氏は語った。
各地域の事例として、宮崎の「株式会社オカラテクノロジズ」はおから廃棄物をグルテンフリー素材として高級ホテル向けに再利用し、香川の米粉讃岐うどんは従来の10倍以上の価格帯で高付加価値戦略に成功している。また山形の規格外野菜粉末化技術、熊本大学発の脂肪吸収抑制調味料、兵庫県の低糖質こんにゃくゲル、沖縄のもずく廃棄物を活用した藻類培養など、地域特性を活かした革新的取り組みが多数存在する。
これらの成功事例は産地に近いという強みがあり、沖縄の企業は県が整備した充実した藻類培養設備があったからこそ創業できた。沖縄は農業が難しい環境だが、県が藻類産業を育成するために設備投資を行った結果、東京から移住した起業家が事業を展開できた事例もある。このように地域ならではの製造設備の充実や大学研究室との連携が地域資源として活用できるのであり、こうした強みを活かしたレバレッジ効果が期待できる。サステナブルフードは世界で求められている流れであり、日本からこれを発信し世界を一歩前に進める取り組みを共に実現していくことが重要だと海野氏はいう。
世界のフードテック市場は急成長を遂げており、各国が独自の戦略で新技術を導入している。日本がこの流れに乗るためには、伝統技術の活用、インバウンド市場の開拓、産学官の連携強化が不可欠である。
海野氏は「宮崎のように農業資源が豊富な地域こそ、フードテックの実証実験の場として最適であり、ここから日本の食産業の新たな可能性を広げることができる」と語った。
2.パネルディスカッション

登壇者紹介
海野 慧 – Sustainable Food Asia株式会社 CEO
- 株式会社じげん役員として上場に貢献
- 2020年にCarpeDiem株式会社を創業
- 2022年、Sustainable Food Asia株式会社を設立
- ジャックフルーツを用いたフルーツミートや、フードテックカンファレンスを運営
櫻井 杏子 – 株式会社INGEN 代表取締役
- 千葉大学園芸学部出身、農業開拓者の家系
- 2015年に創業
- 「稼げる産地3年計画」ソリューションを提供
- 収穫予測取引システムと適地適作ソリューションを開発・提供
島原 俊英 – 株式会社MFE HIMUKA 代表取締役社長
- 日向市で食品工場向け機械設備の会社を経営
- 13年前に太陽光活用型野菜工場を創業
- 現在4種類のレタスを年間約20万株生産し九州全土に販売
木村 忠昭 – 株式会社アドライト 代表取締役(モデレーター)
フードテック事業を始めたきっかけ
パネルディスカッションは、各登壇者の自己紹介の後、モデレーターのアドライト・木村氏が、登壇者に「なぜフードテックに関連する事業を始めたのか?」という問いから始まった。
Sustainable Food Asia 海野氏
海野氏は元々IT業界でキャリアを積み、IT系ベンチャー企業の役員を務めていたが、退職後に社会課題を解決するビジネスに関心を持つようになった。そんな中、2019年にアメリカの「Beyond Meat」がIPOし、時価総額5000〜6000億円をつけたことを知り、食品産業がこれほどの市場価値を持つことに衝撃を受けた。
それまで高い時価総額をつけるのはインターネット関連企業がほとんどだったため、赤字の食品企業がこれほど評価されることに強い関心を持ち、調査を進めるうちにサステナビリティという概念が市場に大きく評価され始めていることを実感した。食は80億人が毎日向き合うテーマであり、ここに技術革新を持ち込むことで大きな社会的インパクトを与えられる産業だと考えた。さらに、食品業界は長い歴史を持つ分野だからこそ、新たな技術を取り入れることで新しい価値を生み出せるのではないかという思いから、サステナブルなフードテックの可能性に賭けることを決めた。
INGEN 櫻井氏
櫻井氏は家系的に農業との関わりが深く、曾祖父は台湾で製糖工場を立ち上げるなど、農業を工業化する先駆者だった。幼い頃から家族の影響を受け、漠然と「食に関わる仕事をしたい」と考えており、進学先に選んだ千葉大学は、植物工場や環境制御の研究が盛んな大学で、農業を工業化する技術について学ぶことになった。
大学で研究を進める中で、櫻井氏が感じたのは、日本の農業技術が「業務用野菜など安価な市場」か「超高級食材市場」に偏っているということだった。一方で、中間所得者層が増加しているにもかかわらず、その層に向けた「少し贅沢な野菜」に技術が十分活用されていないことに疑問を持った。農業技術が発展しているにもかかわらず、その技術が適切な市場に活かされていないことに違和感を覚え、農業と工業の融合を実現するための事業を始めることを決意した。
MFE HIMUKA 島原氏
島原氏の会社はもともと食品工場向けの機械設備を製造しており、食肉加工機械や醸造設備(焼酎・味噌・醤油向けの設備)などを手掛けていた。ステンレス加工技術を駆使し、清潔で高精度な機械を提供することで、食品業界に貢献してきた。しかし、自社の事業ドメインが限られた範囲にとどまっていたため、より幅広い領域で宮崎に貢献する方法を模索していた。そこで、会社の方向性を「食・環境・エネルギー」の3つの分野に定め、特に農業分野で新たな挑戦をすることを決めた。
ちょうどその頃、農林水産省と経済産業省が連携し、全国的に野菜工場を推進するプロジェクトを開始した。島原氏はこの取り組みに共感していたが、多くの関係者から「難しい」と否定され、事業化に向けた壁に直面した。それでも諦めず、地元の農家や技術を持つ専門家と出会い、共に挑戦することを決意した。

宮崎県で活動する意義について
MFE HIMUKA 島原氏
島原氏は、宮崎県が持つ豊かな自然資源を活用することの重要性を強調した。太陽光エネルギーをはじめとする地域資源が豊富な宮崎は、「食料基地」としてのポテンシャルが高いと考えている。現在、宮崎県の食料自給率は価格ベースで約200%、カロリーベースで約60%となっており、農業生産を持続的に発展させるためには、単なる作物栽培だけでなく、計画的・恒常的な生産が求められる。こうした背景から、MFE HIMUKAでは地元の農家と協力しながら、安定した農業生産の仕組みを築くことに取り組んでいる。
特に、日向市は農業に適した環境が整っており、そこでの活動が地域の農業振興につながると考えている。また、会社の事業として野菜工場を運営しており、農業に関わる労働機会を創出している点も重要視している。現在、同社では地元の高齢者や障がい者を含む多様な人々が働いており、年間を通じて安定した雇用を提供できることが野菜工場の強みになっている。農業と雇用の両面から地域に貢献することが、自社の使命であると語った。
INGEN 櫻井氏
櫻井氏は、宮崎県の地域資源の豊かさを2つの側面から評価している。1つは、栽培環境の多様性である。宮崎県内には、温暖な気候を持つ青島木花地区のような地域から、高千穂のような涼しい地域まで、標高差による気候の違いがある。このおかげで、真夏の2~3ヶ月を除けば、一年を通じて安定的に栽培が可能である。
もう1つの側面として、宮崎が「スポーツシティ」として都内からも多くの人が集まってくる特性を持つことを挙げた。背景として、櫻井氏は、東京の大規模市場(太田市場など)では、新規の生産者がいきなり大量供給することは困難である点を指摘する。
そのため、まずは宮崎で地産地消を進め、観光で訪れた人々に認知してもらい、その後東京市場へ展開する戦略が有効であると考えている。宮崎は、プロ野球のキャンプやゴルフ、サッカーなどがあり、東京からも多くの人が訪れる地域である。実際に、宮崎県内の生産者との交流を通じて、新たな販路開拓のアイデアが生まれており、農業だけでなく観光部門とも連携しながら取り組みを進めている。
INGENでも、具体的に「筋肉ブロッコリー」というアスリート向けに特化したブロッコリーを生産をしている。通常のブロッコリーに比べてアミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)の含有量が1.7倍と高く、タンパク質の吸収を促進する効果が期待される。こうした商品開発も、宮崎県のスポーツ文化との親和性を活かした戦略の一環となっている。

Sustainable Food Asia 海野氏
海野氏は、宮崎県の特長として「一次産業の全てが揃っていること」に注目している。世界的にサステナビリティやリジェネラティブ(再生可能)農業の概念が注目される中で、宮崎はその実践の場として極めて適していると考えている。
海野氏が友人から聞いたエピソードとして、日本に招かれた海外のフードテック関係者が宮崎で食べたお弁当に驚いたという話を紹介した。そのお弁当の食材はすべて地元で生産されたもので、日本では当たり前の光景かもしれないが、海外では非常に珍しいことである。特にアメリカでは農場が大規模すぎるため、都市部では地元産の食材だけで一つの食事を構成することが難しい。それに対して、日本は小規模農家が多く、地域ごとに食材が揃う環境がある。宮崎はその象徴的な地域であり、このような地域資源の活用が、世界的に高い価値を持つと指摘した。
フードテックの課題と今後のチャレンジ
Sustainable Food Asia 海野氏
海野氏は、日本の食産業全体に共通する課題として、「価格が安すぎる」ことを挙げた。日本の食品は高品質であるにもかかわらず、消費者が手頃な価格で購入できる仕組みが定着している。しかし、それは生産者や供給者の負担によって成り立っており、どこかで歪みが生じている。この構造を根本から変えていく必要があり、そのためには地域単位で連携し、高付加価値の商品を作る動きが不可欠だと語った。
また、販路の拡大が重要な課題であるとし、特に国内市場だけでなく海外市場への展開を強化することが求められると指摘した。日本の人口は減少傾向にあり、高齢化も進んでいる。20歳の男性が食べる食事の量と80歳の高齢者が食べる量では大きく異なるため、人口減少以上に「食の需要」自体が減っていくことになる。そのため、海外市場、特に若い人口が多いアジア諸国への進出がカギになると述べた。
今後のチャレンジとしては、国内向けには「高齢者向けに少量でも栄養価の高い食品」を開発し、海外向けには「日本の高品質な食品をより広い市場に展開する」ことが求められると考えている。フードテックの発展には、産業全体としての付加価値の底上げが必要であり、それを実現するための販路開拓が重要な鍵となると語った。

INGEN 櫻井氏
櫻井氏は、特にアメリカなどの広大な農地を持つ国々と同じ土俵で競争することは現実的ではなく、日本の農業の特性を活かした差別化が必要であると指摘する。日本の強みの一つが「分散型農業」であり、畑が小規模に分散しているため、鮮度の高い食材を提供できることがメリットになる。
しかし、分散型農業には課題もあり、それは「生産者ごとに温度差があること」だと櫻井氏は指摘する。特に、高齢の農家が多く、「今さら新しい農法や計画的な生産管理を導入するのは難しい」と考える人も多い。そのため、農業全体を変えていくには、30代から40代の若手生産者に焦点を当て、計画的な生産を導入することで収益を向上させる仕組みを作ることが必要だと述べた。
これからのチャレンジとしては、「若手生産者に計画的な生産が儲かることを示し、農業経営の持続可能性を高めること」が重要になると語った。
MFE HIMUKA 島原氏
島原氏は、フードテックを活用した農業事業の課題として、「事業として成立させるためには技術・販売・労務管理の全てをしっかり整える必要がある」ことを強調した。自社では現在、年間190万株のレタスを安定供給し、収益性の高い事業を展開しているが、それを実現するためには綿密な計画と組織的な運営が不可欠だった。
農業においては、個々の農家が独立して活動するケースが多く、全体としてのビジョンを共有しにくい傾向がある。そのため、地域の中で「共通のビジョンを持つ人々が協力して取り組むこと」が大切であり、食の生産だけでなく、エネルギーの地産地消など、地域内での循環型経済を確立することが求められると考えている。
また、レタスの鮮度保持技術にも課題があり、宮崎県の工業技術センターと連携し、長年の研究を製品化する取り組みを進めている。このように、農業分野の課題を解決するためには、農家だけでなく、技術機関や企業など、多様なプレイヤーと協力して課題解決に取り組むことが重要であると語った。
質疑応答セッション ダイジェスト
イベント終盤に行われた質疑応答セッションでは、会場の参加者から登壇者へさまざまな質問が投げかけられた。
各登壇者企業の商品特性や市場展開について
最初の質問者は、ジャックフルーツを使った「フルーツミート」の食中毒リスクと肉感について質問した。海野氏は、加工過程で熱処理やレトルト加工を施すことで長期保存が可能になり、生鮮品に比べて安定した品質を保てると説明した。また、ジャックフルーツは食物繊維が豊富で肉の繊維質に似ているため、加工方法によって牛肉や鶏肉に近い食感を再現できる可能性があると述べた。
次に、INGENの櫻井氏に対して「筋肉ブロッコリー」の生産技術についての質問が寄せられた。櫻井氏は、特定の品種の組み合わせと土壌管理を駆使し、栽培環境を最適化することで特定のアミノ酸量を増やす技術を確立していると回答した。遺伝子操作は行わず、生育時期ごとの栄養吸収を調査し、それに合わせた施肥や管理を行うことで、狙った成分を増やしていると説明した。
続いて、MFE HIMUKAの島原氏には、レタスの海外展開についての質問が投げかけられた。島原氏は、生鮮食品であるレタスをそのまま輸出するのは難しいが、野菜工場の技術を国内外で活用できるようにすることを目指していると述べた。すでに黒字経営を維持しており、この技術を他の地域にも展開することで農業の安定化に貢献したいと考えていると語った。
需給バランスと高付加価値作物の市場調整について
質問者は、特定の作物が高価格になると生産者が一斉に生産を増やし、結果的に価格が暴落することが繰り返されていると指摘し、その調整方法について意見を求めた。
これに対し、櫻井氏は、高価格市場には「嗜好品」と「日常消費品」があり、ターゲットにしているのは毎日消費される食材の市場であると説明した。また、計画的な生産管理を行うことで、供給過多による価格崩壊を防ぐことが可能だと述べた。
海野氏も、この問題に対する解決策の一つとして、長期保存技術の活用を挙げた。例えば、特定の環境下で保存することで鮮度を維持し、価格が安定するまで出荷を調整することが可能になる。これにより、生産者が市場価格に振り回されずに、安定的に事業を継続できる仕組みを作ることができると述べた。
最後に、オンラインからの質問として、MFE HIMUKAの野菜工場で採用している栽培技術や鮮度保持の工夫について問われた。島原氏は、光合成を最適化する環境制御技術を駆使し、面積あたりの生産量を最大化する工夫を行っていると説明した。また、販売計画に基づいて生産量を調整することで需給バランスを管理し、安定供給を実現していると述べた。鮮度保持に関しては、ウレタンを付けたまま出荷することで棚持ちを向上させ、温度と湿度のコントロールによって品質を維持していると説明した。
今後の展望について
登壇者たちはそれぞれ、イベントの締めくくりとして、自身の考えや今後の展望について語った。
Sustainable Food Asiaの海野氏は、日本各地の伝統的な技術や地域資源に新たな視点を加えることで、大きな可能性が広がると述べた。彼の会社では、サステナブルフードミュージアムという施設を運営しており、約100社のスタートアップの製品を展示している。来月にはリニューアルオープンし、商品展示や試食などを通じて、さまざまな企業とコラボレーションできる場を提供する予定だ。これを機に、新たな連携や挑戦が生まれることを期待していると述べ、興味がある企業には積極的に関わってほしいと呼びかけた。
INGENの櫻井氏は、フードテックやアグリテックの焦点が、単なるビッグデータの活用から、より具体的な地域活用や鮮度維持、海外市場への対抗策に絞られてきたと実感していると語った。自社の取り組みとしては、地域の若手生産者と積極的に連携し、彼らのやりたいことを地域の課題解決につなげることを強みとしていると説明した。
MFE HIMUKAの島原氏は、宮崎県の豊かな資源を活かしながら、それに付加価値をつけて県外に展開していくことの重要性を強調した。農業だけでなく、第2次産業やサービス業とも連携することで、地域全体の発展につなげることができると考えている。現在、原材料費の高騰やエネルギーコストの上昇など、さまざまな経営課題がある中で、工業分野の技術を活用しながら、農業の発展に貢献していくことが求められると述べた。これまで様々な挑戦を続けてきたが、今後はさらに多くのパートナーとともに新たなチャレンジを進めていきたいと語った。
アドライトの木村氏は、登壇者たちの意見を総括し、今後も連携を深めながらフードテックの可能性を広げていくことが重要だとコメントし、パネルディスカッションを締め括った。
当日の様子(動画)
なお、当日の様子については、以下の動画も参考にしていただきたい。
まとめ
本記事では、宮崎グリーンイノベーションプラットフォームの概要、提案会の内容、そしてフードテックセミナーの基調講演やパネルディスカッションの様子について紹介した。世界的に食の持続可能性が問われる中で、日本の地域発フードテックが持つ可能性は大きい。宮崎県の豊富な地域資源や新たな農業技術の取り組みは、食産業の発展とサステナブルフードの普及に貢献するだろう。
登壇者たちは、それぞれの視点からフードテックの課題と未来へのチャレンジを語った。価格の適正化や販路の拡大、計画的な生産体制の確立、鮮度保持技術の向上など、多くの課題がある一方で、日本の食文化や技術を世界市場へ展開するための可能性も広がっている。地域資源の活用や産学連携、持続可能なビジネスモデルの確立が今後の鍵となる。
フードテックの進化は、日本の農業・食品産業にとって新たな成長機会をもたらす。「宮崎発」のイノベーションがどのように国内外で展開されるのか、今後の動向に注目したい。
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