はじめに
新規事業開発の現場では、多くの技術者や事業開発担当者が悩みを抱えています。
「優れた技術があるにもかかわらず、それを収益化できない。」
「市場が求めているものと、自社が提供できるものの間にギャップがある。」
こうした課題は、多くの企業に共通して見られます。
特に深刻なのは、技術の持つ可能性を十分に引き出せていないケースです。多くの企業が既存事業の延長線上でしか技術活用を考えられず、新たな事業機会を見逃しています。
また、技術開発が一方向に進みすぎてしまい、市場のニーズとの乖離が大きくなってしまうケースも少なくありません。
さらに、近年のビジネス環境の変化は、この課題をより一層複雑にしています。技術革新のスピードは加速し、市場ニーズは多様化し、業界の境界線は曖昧になってきています。
このような環境下では、従来の「技術から直接的にビジネスを考えるアプローチ」では対応が困難になってきているのです。
MFTフレームワークとは
MFTフレームワークは、Market(市場)、Function(機能)、Technology(技術)の3要素で構成される事業開発手法です。
その本質は、技術シーズと市場ニーズを効果的に結びつけ、新たな事業機会を発見することにあります。
従来の事業開発では、技術から直接的に市場応用を考えるアプローチが一般的でした。
しかし、この方法では技術の持つ可能性の一部しか見出せません。なぜなら、技術は多面的な性質を持っており、その活用可能性は開発時に想定していた用途にとどまらないからです。
MFTフレームワークでは、技術と市場の間に「機能」という視点を置きます。これは技術の本質的な価値を「何ができるのか」という観点で整理し直すプロセスです。ある技術は、当初想定していた機能以外にも、様々な機能や効果を持っている可能性があります。この潜在的な機能を丁寧に洗い出し、それぞれの機能が解決できる市場課題を探ることで、新たな事業機会が見えてきます。
MFTのアプローチ:3つの視点からの分析
Market(市場)の視点
市場分析において最も重要なのは、表面的な要望の背後にある本質的なニーズを理解することです。
例えば、食品業界であれば、以下のような課題が存在します。
・健康志向の高まりに応じた製品開発
・環境に配慮した持続可能な生産体制への移行
・安全性への厳しい要求
多様化する消費者ニーズへの対応
これらの課題に対して、市場規模や競合状況を分析していきます。重要なのは、表面的な課題だけでなく、その背景にある本質的なニーズを理解することです。例えば、健康志向への対応は「低カロリー食品」の提供だけでなく、「個別栄養管理」や「ウェルビーイングの向上」といった側面も持っています。

Function(機能)の視点
技術の持つ機能を整理する際には、直接的な機能だけでなく、派生的な効果まで視野に入れることが重要です。
植物由来の代替肉を例に考えてみましょう。代替肉には以下のような機能があります。
• 動物性原料を使用しないことで環境負荷を削減
• 高タンパクで低脂肪という健康志向のニーズに対応
• 多様な料理に適用可能な加工自由度
これらの機能が、どのような市場課題の解決につながるのかを検討します。
例えば、環境負荷削減という機能は、食品業界におけるCO2排出量の削減だけでなく、サステナブルブランドとしての企業価値向上にもつながる可能性があります。
Technology(技術)の視点
技術の評価では、現在の性能や特徴だけでなく、差別化要素や将来の発展可能性も含めて検討することが重要です。
具体的には以下のような観点での分析が必要です。
• 技術の核となる原理や特徴
• 技術の成熟度と今後の発展可能性
• 競合技術との比較における優位性
• 技術の応用可能性の範囲
例えば、食品保存技術では、初期は「鮮度保持」が主な目的でした。しかし、技術の進化により、抗菌性能の向上や酸化防止といった新たな価値が加わっています。さらに、この技術は、医薬品の保存や化粧品の保管など、他分野への展開も可能性を秘めています。
技術の発展可能性を見極めることで、持続的な事業展開の戦略を描くことができるのです。
MFTフレームワークの具体的な活用方法
事業機会の探索から実現可能性の検証まで、MFTフレームワークの活用は段階的に進めていきます。
例えば、ある飲料メーカーAがあったとします。この企業は、独自の抽出技術を持っていました。
① このような場合、まず技術の持つ機能を網羅的に洗い出し、それぞれの機能について可能性のある市場機会を探索します。この際、業界の常識にとらわれない柔軟な発想が重要です。
このA社の抽出技術の持つ機能を詳細に分析したところ、以下のような特徴が明らかになりました。
・苦味成分の選択的な抽出
・香り成分の効率的な保持
・低温での抽出が可能
② 次に、見出された機会について実現可能性を検討します。
技術的な実現性はもちろん、市場参入のタイミングや必要なリソースなど、多角的な観点からの検討が必要です。特に重要なのは、自社の強みを活かせる領域を見極めることです。結果コーヒー飲料以外にも、漢方薬のエキス抽出や、化粧品原料の製造など、新たな用途が考えられることが分かりました。
③ 最後に事業化に向けた具体的なプランニングを行います。
必要な技術開発、市場参入戦略、リソース配分など、実行に必要な要素を具体的に検討していきます。この段階では、社内外のステークホルダーとの調整も重要になってきます。
このような順番でMFTフレームワークは活用されます。
MFTフレームワーク活用のポイント
MFTフレームワークを効果的に活用するためには、いくつかの重要なポイントがあります。
まず、多様な視点からの検討をするために多様なメンバー構成で検討する必要があります。
・研究開発部門のエンジニア
・営業部門のベテラン社員
・マーケティング部門のスタッフ
・生産技術部門の担当者 など
企業には年齢・職種など様々な特性を持った社員が多く存在します。彼らを有機的に交わらせるメンバー構成により、技術の可能性を多角的に検討することができ、より実現性の高い事業構想を描くことができます。
データに基づいた意思決定も重要です。市場規模や競合状況、技術トレンドなど、客観的なデータを収集・分析することで、より説得力のある事業計画を策定することができます。
さらに、市場環境や技術トレンドは常に変化しています。定期的な見直しと改善を行うことで、より効果的な事業開発が可能となります。この継続的な改善プロセスを組織に組み込んでいくことが、長期的な成功につながります。
まとめ:価値創造のための新しい視点
MFTフレームワークは、技術の持つ可能性を最大限に引き出すための「思考の枠組み」です。このフレームワークを活用することで、技術シーズの新たな可能性を発見し、より効果的な事業開発を実現することができます。
技術開発は、ともすれば技術者の興味や従来の延長線上での改良に終始しがちです。
しかし、MFTフレームワークを活用することで、より広い視野で技術の可能性を探ることができます。
重要なのは、このフレームワークを固定的なものとせず、自社の状況に合わせて柔軟に進化させていくことです。市場環境や技術トレンドの変化に対応しながら、継続的な改善を図っていくことが成功への鍵となります。
新規事業開発は決して簡単な取り組みではありませんが、MFTフレームワークを活用することで、より体系的かつ効果的に進めることができます。本記事が、皆様の新規事業開発の一助となれば幸いです。
アドライトでは、事業会社向けの新規事業化の総合支援プログラム「イントレプレナーズ」を提供しています。 戦略〜人財育成〜事業化をインキュベーションマネジメント支援、イノベーション人材育成支援、事業 開発伴走支援の3つのサービスで一気通貫して実行し、社内から継続的に事業が生み出され続ける体制構築を実現しています。
▼出典:
・アーサー・ディ・リトルジャパン株式会社 :『事業化戦略策定時の 有用な考え方・ツールの紹介』
・アーサー・ディ・リトルジャパン株式会社 :『科学技術・イノベーション政策における 分野別研究開発課題の技術開発・ 研究 領域及び関連の需給・インパクトの 体系的な整理及びそれらを活用した検討 の方法論のための調査 』