【イベントレポート】横浜市が仕掛けるスタートアップ成長支援とは

 addlight journal 編集部

国内各地でスタートアップ支援の取り組みが加速する中、横浜市とアドライトは、横浜市のスタートアップ(2024年度ならびに過去のYOXOアクセラレータープログラム採択ならびに卒業生)と、横浜市のスタートアップ支援のエコシステムに関わる方との交流会イベントを開催した。アクセラレータープログラムおよびプロモーション戦略プログラムの実績を振り返るとともに、行政・企業・スタートアップが一堂に会し、今後の支援体制や地域連携のあり方について意見を交わした。

イベントは、両プログラムの成果報告に加え、横浜市による今後のスタートアップ支援ビジョンの共有、参加者同士によるブレインストーミング、トークセッションといったコンテンツで構成。トークセッションでは、本プログラムの固定メンターを務めるファウストビート株式会社  嶋根氏、DNX Ventures 田中氏、日本電気株式会社 永井氏を迎え、スタートアップの採用や発信力強化といった現場の課題に焦点が当てられ、実践的なノウハウとリアルな声が飛び交った。

本記事では、本イベントの内容を振り返りながら、横浜市によるスタートアップ支援の取り組みについて紹介する。

YOXO Accelerator Programとは?

今年度の取り組みとしてまず紹介されたのが、横浜市とアドライトが連携して実施したアクセラレータープログラムだ。2024年度は、「横浜エリアの街に溶け込み、地域課題の解決や新しい価値の創造を目指す」ことをテーマに掲げ、子育てやモビリティ分野、さらには最先端領域に取り組むスタートアップを中心に、幅広く参加企業を募った。

プログラムでは、メンタリング、大手企業との共創機会の創出、各種セミナー、交流イベント、Demo Dayなど、年間を通じて多彩な活動が展開された。8月と9月に行われたセミナーセッションでは、ユニコーンファームの田所氏によるPMFの講義、株式会社somebuddyの村上氏による資本政策とファイナンスの基礎講座といった、実務に直結する内容が提供された。

また、スタートアップと大手企業をつなぐパートナー企業・サポーター企業制度も重要な柱の一つとなった。横浜に縁のある企業をはじめ、多くの支援企業が参画し、10月にはスタートアップとのマッチングを目的とした「ピッチ&リバースピッチ」を開催。実際に協業や資金調達につながるケースも複数生まれ、手応えある成果を残した。さらに、12月にはアクセラレータープログラムの集大成としてDemo Dayを開催。各スタートアップが成果を発表し、多くの支援者や関係者との交流の場となった。

プロモーション戦略の刷新

一方、2024年度は「プロモーション戦略プログラム」も新たに刷新された。これまでIPOやM&Aを目指す企業向けに実施していたプログラムを、スタートアップが直面する「広報・PRの課題解決」に特化した内容へと転換。プレスリリースの書き方や情報発信のタイミング、そもそも自社の魅力をどう外部に伝えるかといった課題に直面するスタートアップの声を反映したプログラムとなった。

アクセラレータープログラム、プロモーション戦略プログラムともに、スタートアップにとっては広い視野と具体的なアクションを得る貴重な機会となった。最終的には、プログラムを通じて4社が資金調達を実現し、35件にのぼるマッチングが創出されたという。多くの支援パートナー企業やサポーターの協力のもと、今年度も非常に活発な交流と実績が生まれたことが、担当者の言葉からも強く感じられた。

YOXO BOXの“これまで”と“これから”

アクセラレータープログラムとプロモーション戦略プログラムの振り返りが終わると、横浜市経済局の大橋氏より、これまでのスタートアップ支援の取り組みと今後の展望についての講話が行われた。

大橋氏は冒頭、YOXO BOXに日頃から足を運び続けている参加者への感謝を述べたうえで、「この拠点の歩みは2019年の年末に始まり、ここに集う方々の顔ぶれにも、6年間の蓄積を感じている」と語った。

立ち上げ当初から変わらない支援構成として、起業前の人材に向けた「イノベーションスクール」、ピッチイベント、アクセラレータープログラム、プロモーション支援、さらにはIPOやM&Aを見据えた成長支援など、幅広いフェーズに対応したプログラムが提供されてきたことが紹介された。

大橋氏は、「YOXO BOXの価値は、ノウハウの提供にとどまらず、場があることそのものだ」と強調する。プログラムに参加した人同士のつながりによって、自然発生的なコミュニティが形成され、日常的な学び合いと助け合いが生まれている点は、この拠点ならではの大きな意義だという。加えて、横浜市としても、これらの支援を通じて明確な成果を上げており、起業数や支援件数など、KPIも着実に達成していると実感を込めて語った。

テック系スタートアップ支援拠点「TECH HUB YOKOHAMA」

一方で、課題としては「重点分野を設定した集中的な支援、資金調達つなぎ」と「街の事業者・市民との連携、起業志望者の東京流出」が挙げられた。

特に、ディープテック領域に焦点を当てた新拠点「TECH HUB YOKOHAMA」が昨年11月に開設され、今後はこの施設を活用した集中的な支援にシフトしていく方針が示された。また、BtoB・BtoC両面において、市内の企業や市民との連携を深める必要性にも触れ、「地域とともに育つスタートアップ」という姿勢を今後も大切にしていくという。

さらに、起業家が東京に集中してしまっていることに対し、課題意識を持っているとも述べた。地元横浜で起業したいという人材をいかに育て、地域に根ざした事業を生み出していけるか、次世代の起業家育成にも、より一層力を入れていく必要があるとの考えだ。

これからの「YOXO BOX」の位置づけは

次世代の起業家育成の具体的な取り組みとして紹介されたのが、来年度以降のYOXO BOXのビジョンである。重要なポイントは「まちぐるみでスタートアップを応援する文化の醸成」だ。

従来はスタートアップ同士の横のつながりが主軸だったが、今後は地元の中小企業や商店、住民とも連携しながら、「地域全体をワクワクさせるようなチャレンジを後押ししていく空間」を目指す。高校生をはじめとする若年層も育てていく方針が語られ、実際にこの日も高校生の参加があったことが会場で紹介された。

このような方向性を受けて、大橋氏は「YOXO BOXは、次世代起業人材の育成拠点である」と位置づけ、若い世代の起業マインドを醸成するとともに、地域との関わりから生まれる事業化の可能性を引き出していきたいと展望を語った。また、支援プログラムについては、既存の枠にとらわれないアイデアや視点を取り入れながら柔軟に設計していく予定であり、コミュニティの声を反映した運営を心がけたいと意欲を示した。

最後に大橋氏は、「この場所が、外部の人との接点となり、地域の事業者や若い世代を巻き込みながら、互いに学び合い、支え合う場となることを願っている」と締めくくった。

パネルディスカッション

続いて実施されたのは、今年度のアクセラレータープログラムでメンターを務めた3名によるパネルディスカッション。「スタートアップの見せ方と採用 “いま”と“これから”」をテーマに、各メンターが実体験をもとに課題や成功事例、対策について意見を交わした。

パネリスト紹介

嶋根 秀幸 ファウストビート株式会社 代表取締役CEO

人事系コンサルタントおよび複数のスタートアップでの事業立ち上げ経験を持ち、MOVIDA JAPAN社で5期にわたり約50社のスタートアップを支援。その後ミスルトゥ社でも多くのスタートアップ企業の支援実績を積む。現在はファウストビート株式会社の代表取締役として、スタートアップ企業へのメンタリングやコンサルティングを中心に、事業リノベーション、非常勤監査役、事業会社の新規事業開発など複数の事業を並行して展開している。

田中佑馬 DNX Ventures VP

慶應義塾大学を卒業後、三菱商事に入社し、金融事業の新規事業開発を担当。不動産ファンドや森林ファンドの企画・組成・運用に携わる。2016年にDNX Ventures日本オフィスに参画し、主に国内のB2B SaaSベンチャー投資案件を担当。日本国内の投資実行、米国投資先の日本進出支援、ファンドの企画・組成業務に従事した。その後、アルバイト就職情報を扱うHR Techスタートアップを自ら創業し、CEOを務める。2021年にDNX Venturesに再び参画。2024年にはフルブライト奨学生としてハーバードビジネススクールでMBAを取得した。

永井 優美 日本電気株式会社 事業開発統括部 スタートアップコラボレーショングループ プロフェッショナル

2011年に新卒で大手人材会社に入社し、営業、人事・採用担当、ベンチャー企業への出資とアライアンス提携業務(CVC)という3つの職種を経験。2018年9月にマネックスベンチャーズ株式会社に入社し、幅広い業界のシード・アーリーステージ企業への出資と出資後の支援業務を担当。2024年4月にNECに入社し、現在はスタートアップを中心とした共創や事業開発業務に従事している。

スタートアップの採用における課題

パネルディスカッションの冒頭では、スタートアップが直面する採用の課題について、それぞれの登壇者が実感をもとに語った。嶋根氏は、研究者発のスタートアップにおいて、資金調達や経営実務を担う右腕的存在がなかなか見つからないという現状を指摘。研究開発に特化した起業家ほど、「自分ひとりでは事業化が進められない」と感じている場面が多く、これは永遠の課題でありながら、特に近年顕著になってきているという。

田中氏は、創業フェーズによって課題の内容が大きく異なる点に着目した。初期段階では、ビジネスサイドの創業者が、専門外である技術職、特にエンジニアをどう採用すればよいのかが難題になるという。一方で事業が軌道に乗ってくると、今度はスタートアップ同士、あるいは大企業との「採用競争」に巻き込まれ、どうやって候補者を惹きつけるかが新たな課題となる。永井氏もこの視点に共感を示し、特にシード期においては「求人媒体に出せば自然に応募が来る」といった幻想に陥るケースが多く、結果として1か月以上も何の反応も得られず、貴重な時間を失ってしまうスタートアップも少なくないと語った。

採用活動において用意すべきこと

採用に取り組む際にまず何を整えておくべきかという問いに対しては、「見せ方」が大きなキーワードとなった。田中氏は、「露出狂になれ」という印象的な表現を用いながら、自社の考え方、雰囲気、事業内容をできる限り外に発信することの重要性を説いた。採用ページや事業計画、開発ロードマップ、働いてほしい人物像などを丁寧に公開し、検索されたときに十分な情報が伝わる状態にしておくことが、採用活動のスタートラインだという。

嶋根氏は、福岡のスタートアップ「株式会社COTEN」の事例を紹介した。代表が自ら配信するポッドキャストを通じてファンを獲得し、そのファンの中から自然と「関わりたい」と手を挙げる人が現れる仕組みができているという。このように、代表自身が日常的に外部へ発信し、ファンとの接点を築くことが、信頼にもつながり、結果として採用にも好影響を与えるという見解が示された。

また、採用は営業活動と同じく「物量と継続が命」とも語られた。実際に、毎週決まった時間をスカウト活動に充てている経営者も少なくない。採用を経営上の最重要活動のひとつと捉え、日常業務としてルーチン化する姿勢が不可欠であることが、全登壇者の共通認識として浮かび上がった。

コストを掛けずに行なう採用手法やトレンド

スタートアップにとって、限られた予算の中でいかに効果的な採用活動を行うかは切実なテーマである。田中氏は、Pitta、YOUTRUST、LinkedInといったSNSベースのスカウトツールを積極的に活用することを推奨し、それらは「営業と同じ発想で、一人ひとりにパーソナライズしたメッセージを送る」ことで成果につながると話した。10件中1件、あるいは50件送ってようやく1件というような低いコンバージョンでも、地道に続けることが成果に結びつくという。

永井氏は、リファラルやコミュニティ経由での紹介を中心とした“泥臭い採用”の必要性を強調した。また、業務委託という形で小さく関わってもらい、その後の動きやコミュニケーションの質を見極めてから採用につなげるアプローチも紹介された。嶋根氏もこの考えに賛同し、「最小単位で業務を依頼し、期待値を明確にした上でフィット感を見極める」というステップを推奨。学生インターンに対しても、長期的に関係を築く前提で、まずは関われる時間や目的を明確にすることが肝要だとした。

スタートアップ採用における成功事例・失敗事例

パネル内では、複数の成功・失敗事例が具体的に共有された。成功事例として挙げられたのが、採用オファーレターを50ページにわたって作成したスタートアップの話だ。田中氏によれば、この企業は1人の候補者に対して「あなたが必要である理由」「事業計画と組織構想」「1年後の役割」まで丁寧に伝えた結果、採用に成功したという。時間と熱量をかけて“惚れさせる”アプローチが鍵だった。

一方で、失敗例も多く語られた。嶋根氏は、初期採用した人材に対して違和感を覚えつつも、それを明確にしないまま関係を続けた結果、組織運営に大きな支障をきたした事例を紹介。田中氏は、表面的には優秀に見えるが、正論ばかりを言ってチームをかき乱す“邪悪な人”の採用が最も危険であると語った。リファレンスチェックを怠ったことで、大きなトラブルに発展した事例も挙げられ、「採用面接は最低でも4〜5回行い、人柄や行動特性を多面的に見極めるべき」とする意見も共有された。

採用課題に対するVCの活用方法

スタートアップにとって、ベンチャーキャピタル(VC)との連携は採用活動においても有効である。田中氏は、投資先に対して「スカウトは営業と同じ」と繰り返し伝え、実際に役員に対して「毎週スカウトに時間を割くように」と指導しているという。

また、永井氏は、リファレンスチェックの重要性に触れ、VCのネットワークを活かせば、候補者に対して第三者視点の情報を得ることが可能になると説明した。VCは採用活動の当事者でもあり、豊富な事例と実践知を持っている。特に経営幹部クラスの採用においては、VCの支援や視点を取り入れることで、採用リスクを大きく軽減できる可能性があると語った。

まとめ

本記事では、横浜市が推進するスタートアップ支援の取り組みについて紹介した。横浜市とアドライトによるアクセラレータープログラムとプロモーション戦略プログラムの成果として、4社の資金調達実現と35件のマッチング創出が報告された。「YOXO BOX」はプログラム提供の場を超え、起業家同士のコミュニティ形成の場として価値を発揮している。

この取り組みから示唆されるのは、スタートアップ支援において「場」の提供と「つながり」の創出が重要だということだ。特に地方自治体が主導する支援では、単なる知識提供やファンディングだけでなく、地域全体を巻き込んだエコシステムの構築が成功の鍵となる。また、パネルディスカッションで強調された「採用は営業と同じ」という視点は、リソースの限られたスタートアップにとって実践的な示唆といえる。横浜市の今後の方向性である「町ぐるみの文化醸成」は、持続可能なイノベーション創出モデルとして他地域にも参考になるだろう。