気候変動対策が世界的な急務となる中、クライメートテックへの注目が高まっている。しかし、日本では世界の動向や最新のイノベーションに関する情報が限られている。
このような背景のもと、アトライト株式会社主催のSUITzウェビナー「海外クライメートテックの注目トレンド」が開催された。登壇者には、国内外のクライメートテック関連トレンドを配信しているニュースレター「クライメートキュレーション」の発行者である株式会社ソーシャルカンパニー代表取締役の市川裕康氏を迎え、国内外のクライメートテック業界の現状と展望について講演いただいた。
本ウェビナーでは、日本のクライメートテック業界の概観から始まり、欧米を中心とした海外の最新トレンド、注目の企業20社の紹介、さらには業界の求人動向まで、幅広い話題が取り上げられた。急速に変化するクライメートテック分野において、日本と世界のギャップや今後の展望など、多角的な視点から貴重な洞察が提供された。
本記事では、ウェビナーのサマリーを紹介する。クライメートテック分野に関心を持つ企業や個人にとって、今後の戦略立案や情報収集に役立つ内容となっているだろう。
登壇者紹介
株式会社ソーシャルカンパニー代表取締役の市川氏はNGO団体、出版社、人材関係の経験を経て2010年に独立。
気候変動、脱炭素、クライメートテック分野に注力しており、2022年春から国内外のニュースやトピックを紹介する「クライメートキュレーション」の配信を開始。日本語版は海外と国内の情報を配信し、英語版は日本で起きていることを英語で海外に配信している。
Climate Curation ニュースレター:https://climatecuration.theletter.jp/
Japan Climate Curation: https://www.linkedin.com/newsletters/6926786820902969344/
日本におけるクライメートテックの現状
はじめに、日本のクライメートテックへの認知度の低さを市川氏は問題提起する。実は市川氏がクライメートテック分野に注力して配信をはじめたきっかけも、海外のニュースをチェックする中で、気候変動に関する情報について国内と海外でギャップがあることに気づいたためだと語る。
日本でのクライメートテックスタートアップの2024年上半期の資金調達額は618.3億円で、増加傾向にはあるものの、スタートアップの創業数や投資額は欧米に比べて少ないのが現状だ。
しかし、一部のVCや商社、大企業は海外動向を注視し、現地で事務所を開設するなど、動きを活発化している。実際、VCが注目する投資先として、AIやDX関連に続いてクライメートテックが3番目の注目テーマになっている。また、経済産業省から国内のクライメートテックの現状や課題をまとめた「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス」が発表されるなど、国としてもクライメートテック市場を盛り上げようという動きが出てきている。
日本の特徴として、大企業や商社が中心となって取り組みを進めている点が挙げられる。クライメートテックという言葉は使わなくても、実際には様々な試みが行われており、特に大企業プレイヤーが中心的な役割を果たしており、海外のスタートアップへの投資や事業提携に関する報道も増えている。
このように、認知度やスタートアップの創業数、市場規模で欧米に比べて大きく遅れをとっている現状ではあるものの、大企業を中心としたアプローチや政府やVCなどの関心の高まりから、少しずつ盛り上がりの兆しが見えているのが現在の日本におけるクライメートテックの現状と言える。
欧米のクライメートテックトレンド
翻って、欧米など海外でのクライメートテックのトレンドはどうか。
欧米のクライメートテック業界は、2018年頃から注目を集め始め、2021年から2022年にかけてバブル気味の状況となった。2024年上半期の投資額は113億ドル(約1.7兆円)で、前年同期比2割減少しているものの、依然として注目度の高い分野である。
2024年クライメートテック関連のメディアで話題になった技術は、CDR(Carbon Dioxide Removal:炭素除去)やDAC(Direct Air Capture)、核融合が挙げられる。また、CO2排出削減が困難な産業(Hard-to-Abate産業)として鉄鋼、化学、電力、ガス、石油、セメント、紙・パルプなどへの注目も高まっている。加えて、これまでも注目されてきたエネルギー、バッテリー、交通、フード・農業分野への投資も継続している。
情報発信とコミュニティの面では、クライメートテック専門のメディアが多数存在し、関連ポッドキャストやニュースレターも豊富である。これは業界の認知度と関心の高さを反映しており、欧米におけるクライメートテック分野の成熟度を示している。
また、「クライメートテック」の定義や分類は統一されておらず、統計データにも若干のばらつきがあることを市川氏は指摘している。そのため、海外での市場動向を調査する場合は、信頼できるソース元にあたることや、調査方法や対象範囲の違いなどを考慮する必要があると述べた。
注目の国内外クライメートテック企業20社
次に、具体的にクライメートテックに挑戦する海外と日本の注目企業20社が紹介された。なお、この20社は市川氏が国内外の様々なメディアで掲載されている記事などの動向を追いかける中で、その頻度や紹介されている技術の可能性などについて注目しているものを選出した企業群となる。
企業名 |
本社 |
設立 |
業種 |
選出理由 |
クライムワークス |
スイス |
2009 |
二酸化炭素除去 |
世界初の商業用DAC施設を稼働 |
コモンウェルス・フュージョン・システム |
米国 |
2018 |
核融合エネルギー |
2022年にエネルギーの純増に成功 核融合分野のフロントランナー |
ファーボ・エナジー |
米国 |
2017 |
地熱エネルギー |
ビックテックのAI・データセンターのエネルギー需要として注目 |
ランザ・ジェット |
米国 |
2018 |
SAF(持続可能な航空燃料) |
高効率で大規模なSAFの生産に向けた技術優位性を保有 |
トウェルブ |
米国 |
2015 |
SAF&化石燃料に依存しない化学物質の開発 |
炭素変換を通じて合成的に作成される電気燃料が特徴 |
BYD |
中国 |
1995 |
電気自動車 |
LFP電池技術で優位性をもち、欧州、東南アジア、南米で存在感 |
Oishii Farm |
米国 |
2016 |
次世代植物工場 |
200億円の資金調達、自動化とサステナビリティを追求したメガファームを建設 |
H2グリーン・スチール |
スウェーデン |
2020 |
グリーン鉄鋼業 |
北欧での大きな動きとして注目 |
サブライム・システムズ |
米国 |
2020 |
セメント |
MIT発でセメント生産に革命をもたらす可能性がある |
レッドウッド・マテリアルズ |
米国 |
2016 |
EV用バッテリーリサイクル |
テスラの元CTOが設立 |
ノースボルト |
スウェーデン |
2015 |
リチウムイオン電池 |
テスラの元幹部2人によって設立 |
フォームエナジー |
米国 |
2017 |
エネルギー貯蔵 |
テスラの元バッテリー責任者とMIT教授らによって設立 |
シラ・ナノテクノロジーズ |
米国 |
2011 |
電池材料 |
テスラの元バッテリーエンジニアによって設立 |
エレファンテック |
日本 |
2014 |
プリンテッド・エレクトロニクス技術 |
環境にやさしい金属インクジェット印刷による電子回路基盤の量産化を実現 |
EFポリマー |
日本 |
2020 |
超吸水性ポリマーの開発 |
農業資材として活用できる高級水性ポリマーを提供 |
アスエネ |
日本 |
2019 |
ESG評価のクラウドサービス |
CO2排出量の見える化・削減・報告ができるクラウドサービスを提供 |
パワーエックス |
日本 |
2021 |
⼤型蓄電池 |
最大3000kWhの電力を貯蔵できる定置用蓄電池を開発 |
京都フュージョニアリング |
日本 |
2019 |
核融合エネルギー |
世界各国の核融合開発の一部を担う技術力を持つ |
ファーメンステーション |
日本 |
2009 |
発酵技術 |
SusHi Tech Tokyo 2024で最優秀賞受賞。サーキュラーエコノミー(循環経済)の実践として注目 |
JEPLAN |
日本 |
2007 |
PET ケミカルリサイクル技術 |
繊維やペットボトルのリサイクル技術を持つ |
海外の注目の動きとしては、「テスラマフィア」と呼ばれる、テスラからスピンアウトした企業群の存在感が増しており、クライメイトテック分野におけるイノベーションの連鎖が起きていることを市川氏は指摘する。
クライメートテック業界の求人動向
求人の増加傾向からもクライメートテック業界の成長が説明できる。海外では、5,436社が41,394件の求人を掲載しており、エコシステムの成熟度が感じられるという。
一方で、国内では適切なスキルを持つ人材や育成制度の不足が課題となっている。市川氏は、海外のブートキャンプ形式の教育プログラムを紹介し、日本でも同様の取り組みの必要性を示唆した。
例えば、Terra.doというプログラムでは、12週間のオンライン講座を通じて、クライメートテック分野の基礎知識を学ぶことができる。このようなプログラムは、テック業界からクライメートテック分野へのキャリアチェンジを促進する役割も果たしている。日本でもこうした学びの場が増えることが期待される。
情報源とリソース
市川氏は、ウェビナーの最後に、クライメートテック分野の情報源について紹介した。
海外メディアではCTVCやCipher、Bloomberg Greenのような専門メディアを紹介した。また、Financial Timesなどの一般経済誌でもクライメートテック関連の記事が増加しているという。
日本語で海外の情報を得る方法としては、「グリーンビジネス」というポッドキャストが推奨された。市川氏自身も、「クライメートキュレーション」というニュースレターを配信しており、日本語版は毎週土曜日に、英語版は火曜日に配信されている。これらの情報源を活用することで、急速に変化するクライメートテック分野の最新動向を把握することができるのでぜひ活用してほしいと締め括った。
まとめ
市川氏は、クライメートテック分野の急速な変化を指摘し、個人の小さな行動から始めることの重要性と、複数の視点を持って常に情報をキャッチアップすることの必要性を強調。クライメートテック全体において正解を見つけるのは難しいが、様々な声に耳を傾け、複数の視点を持つことが重要だと述べた。今後、日本企業や個人がこの分野でどのように貢献し、イノベーションを推進していくかが注目される。
最後に、弊社アドライトでは、本記事で紹介した有識者によるウェビナーの開催やレポートを通じて、クライメートテック関連の情報を配信している。また、COP28の詳細レポートなど、この分野における有力な情報提供を有償で行っている。詳細はこちらの案内ページも参照いただきたい。
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