はじめに
近年、「カーボンクレジット」という言葉は広く知られるようになりましたが、「J-クレジットとは何か」「他のクレジットとどう違うのか」については、その位置づけが必ずしも明確に理解されているとは言えません。
実は、日本ではGX推進法改訂に基づき、対象の企業には排出量取引への参加と排出枠の確保が事実上求められる仕組みになります。この制度の中で、企業の経営にも大きく影響するようになります。
今回は、 J-クレジット制度を軸に、何が変わるのかをできるだけ分かりやすく整理してみます。
1.J-クレジットとは何か
J-クレジットとは、一言で言えば、「CO₂削減量・吸収量の証明書」です。
削減量の算定方法はあらかじめ定められ、第三者機関の検証を経て、国が最終的に認証します。いわば、国のお墨付きがついた削減証明書なのです。
どんな取り組みが対象になるのか
J-クレジットの対象は幅広く、代表的なものは次のとおりです。
- 省エネ設備の導入(LED照明、高効率空調など)
- 再生可能エネルギーの導入(太陽光、バイオマスなど)
- 森林整備によるCO₂吸収
- 農業分野の取り組み(水田の中干し延長、バイオ炭施用など)

出典:https://japancredit.go.jp/about/outline/
これまでに累計で1,000万トン超のCO₂削減・吸収量がJ-クレジットとして認証されています。
2.他のクレジットとの違い
カーボンクレジットには、JCMやボランタリークレジットなど複数の種類があります。
JCMは海外プロジェクト由来であり、国際交渉や制度接続の影響を受けやすい側面があります。一方、ボランタリークレジットは民間基準に基づくため、クレジットの品質や追加性を巡る評価が分かれることがあります。
これに対しJ-クレジットは、
- 日本国内の排出削減・吸収に限定
- 国が制度設計・認証を担う
- 国内排出量取引制度との制度的接続が明確
という特徴を持ちます。
3. 排出量取引制度(GX-ETS)の本格始動
2026年度から、日本では排出量取引制度(GX-ETS)が義務フェーズに移行します。
対象は、CO₂の直接排出量が一定排出事業者(数百社規模)です。
排出枠が不足した場合
- 市場で排出枠を購入する
- J-クレジットやJCMクレジットを活用する
- 追加的な削減を行う
などの選択肢が用意されています。

出典:https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/GX-ETS%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf
この中でJ-クレジットは、国内で調達でき、制度的に位置づけが明確な調整手段として機能します。短期的な削減が難しい企業にとって、J-クレジットは「時間を買う手段」であり、同時に中長期的な脱炭素投資へ移行するための緩衝材となります
4.今後の展望
2026年度から排出量取引制度が義務化されることで、日本の脱炭素政策は新たな段階に入ります。ここでは、今後どのような変化が起こるのかを整理してみましょう。
1.企業行動の変化
排出量取引が義務化されることで、クレジットは明確にコストと結びついた経営資源になります。
排出量が想定を超えれば、排出枠やクレジットの追加調達を検討することになります。逆に、削減に成功すれば、余剰枠を売却することも可能です。つまり、脱炭素への取り組みが、直接的に財務判断に影響するようになるのです。
この流れの中で、J-クレジットの需要は、構造的に増加していくと考えられます。
2.地域・自治体の役割拡大
注目すべき変化は、地方や農林業分野にも及びます。
森林整備や農業由来のJ-クレジットは、これまで補助金に依存する側面が強くありました。しかし、クレジット価格が形成され、市場で取引されるようになると、地域資源が自立的に価値を生む可能性が広がります。
自治体が主体となってプロジェクトを組成し、企業と連携する動きは、今後さらに増えていくでしょう。J-クレジットは、脱炭素と地域経済を結びつける接点として、重要な役割を担うことになります。
3.制度方針
制度面でも変化は続きます。政府は2033年度以降、発電事業者を対象に排出枠の有償オークションを段階的に導入する方針を示しています。
これにより、排出枠は「配られるもの」から「購入するもの」へと性格を変えていきます。その過程で、クレジットの質や追加性がより厳しく問われるようになるでしょう。
また、JCMの拡充や、パリ協定6条に基づく国際的な制度との接続も進められています。日本のカーボン市場は、国内完結型から、徐々に国際的な枠組みと接続していくと考えられます。
脱炭素社会への移行は、理想論ではなく、制度と市場によって進められます。J-クレジットは、その中で日本独自の現実的な選択肢として、今後ますます重要性を増していくでしょう。






