成長志向型カーボンプライシング構想とは

 addlight journal 編集部

はじめに:日本の脱炭素化と経済成長を両立させる新しい仕組み

皆さんは「カーボンプライシング」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。直訳すると「炭素に価格をつける」という意味です。温室効果ガスを排出することにコストを課すことで、企業や個人に排出削減を促す仕組みのことを指します。

世界各国で導入が進むこの制度ですが、日本政府は独自の路線を打ち出しました。それが「成長志向型カーボンプライシング構想」です。この構想の最大の特徴は、環境規制としてではなく、経済成長戦略として位置付けられている点にあります。

2025年2月18日、政府は「GX2040ビジョン」を閣議決定しました。GXとはグリーントランスフォーメーションの略で、脱炭素社会への移行を意味します。このビジョンの中核を成すのが、今回取り上げる成長志向型カーボンプライシング構想なのです。


1. 150兆円という壮大な投資計画

成長志向型カーボンプライシング構想は、今後10年間で官民合わせて150兆円規模の投資を目指す計画です。

環境規制で企業活動を縛るのではなく、政府の先行投資によって新しいビジネスチャンスを創出し、企業の自主的な投資を促進させます。

この資金調達には「GX経済移行債」という新しい国債が使われます。通常の国債と異なり、将来の化石燃料賦課金や排出枠オークションの収入によって償還される設計になっています。つまり、脱炭素化が進めば進むほど、その財源が確保される仕組みです。この資金を運用するGX推進機構が業務を開始し、民間企業では取りきれないリスクに対して債務保証や出資を行っています。

出典:https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/20231225/231225energy04.pdf


2. 段階的に導入される制度設計

この構想は、複数の施策を段階的に導入していく計画になっています。2023年度にはGXリーグで排出量取引の試行が始まり、企業が制度の仕組みを理解し社内体制を整える機会が設けられました。

そして2026年4月から、排出量取引制度が本格稼働します。対象となるのは二酸化炭素の直接排出量が年間10万tを超える大規模事業者です。政府はこれらの事業者に排出枠を割り当て、実際の排出量がその枠を超えた場合には他の事業者から排出枠を購入しなければなりません。逆に、技術革新や省エネ努力によって排出量を削減できた企業は、余った排出枠を売却して収益を得ることができます。つまり、環境に配慮した経営が経済的なメリットにつながる仕組みです。

さらに2028年度には化石燃料賦課金が導入され、2033年度以降は排出枠の有償オークションも段階的に開始されます。このように企業が準備する時間を確保しながら、徐々に制度を厳格化していく設計です。

出典:https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/20231225/231225energy04.pdf


3. 産業構造の変革と重点16分野

では、この150兆円はどのような分野に投資されるのでしょうか。経済産業省は2025年12月に「分野別投資戦略」の第3版を公表し、重点16分野を明確にしました。

素材産業では鉄鋼、化学、紙パルプ、セメントが対象です。これらは日本の基幹産業ですが、同時に多くのエネルギーを消費する産業でもあります。水素還元製鉄やカーボンリサイクルといった革新技術の導入が期待されています。自動車・次世代モビリティ分野では、蓄電池開発や持続可能航空燃料、船舶のゼロエミッション化などが含まれます。

エネルギー・半導体関連分野は構想の中核です。水素やアンモニアといった次世代エネルギーキャリア、ペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力発電などの次世代再生可能エネルギー、原子力や核融合エネルギーの技術開発が対象となります。さらに、二酸化炭素回収・貯留技術であるCCSや、AIと半導体産業への投資も含まれています。

また、水素社会への移行も注目されています。水素は燃焼しても水しか排出しないクリーンなエネルギーですが、製造、輸送、貯蔵には技術的・経済的な課題が残されています。水素を作っても使う場所がなければ意味がなく、使いたくても供給がなければ普及しません。需要と供給を同時に支援することで、水素経済のエコシステムを構築しようとしているのです。

出典:https://www.meti.go.jp/press/2025/12/20251226003/20251226003-1.pdf


おわりに

成長志向型カーボンプライシング構想は、環境保護と経済成長、エネルギー安定供給と脱炭素化、国際的な責任と国内産業の競争力維持という、一見矛盾するような要請を、「成長のエンジン」として脱炭素化を位置付けることで同時に実現しようとする試みです。

この構想の特徴は、変化を規制や義務ではなく、経済的インセンティブと技術開発支援によって促進しようとしている点にあります。排出量取引制度により排出削減に成功した企業は経済的な利益を得られ、革新的な技術開発に成功すれば国際市場での競争優位性を獲得できます。こうした仕組みを整えることで、企業の自発的な行動を促すのです。

この構想が成功するかどうかは、今後の技術開発の進展、企業の投資意欲、国民の理解と協力など、多くの要素にかかっています。私たちはいま、日本の産業構造が大きく変わる歴史的な転換点に立っているのです。


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